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zoom RSS 主観的に見る 主観と客観

<<   作成日時 : 2015/02/13 19:41   >>

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基本自分の考え方は正しいと思ってる。
というより人によって正しさは異なるから
半分は相手が正しい、っていうスタンスになったから
正しいかどうか、ってのがそれほど重要じゃなくなった。

砕いて言うと ものの見方を二通りに区分
・客観的な見方(原因、因果)
・主観的な見方(感情、基準)

客観の部分が僕にとって
世間一般で言う「正しい」(確実にこうだと思うもの)
主観の部分は 自分はそうだと思うけど人によっては違うかも、
本当に正しいか分からない、って部分。
変わる可能性もあるし 時には押し付けるかもしれん。

自分個人の捉え方だから前者の客観も
結局は僕の主観になるけど
まぁあくまで比喩として。

客観的、の方はただ起こった事実を因果として捉える。
そこにどちらがどうあるべきか、って補正はない。
この部分は他人に何と言われようと確実。
で、主観的な部分が 自分の基準での正しさ、都合。

客観的に見て 事故や不都合が
起こる原因は被害者、加害者両方にある。
交通事故の原因の片方は
轢かれる側がその時そこに居たから
いじめの原因の片方は
やられる側の振る舞いが相手の気分を害させた

「ただ普通にそこに居た」だけでもこの世の中、
ただ存在しているだけで何かしらの要因になり得る。

で、主観的に見て
それらの原因を落ち度として捉えるかどうかは人によりけり。
いわゆる 悪いとか悪くないとか。
どちらに落ち度が多く見えるか。

原因として見るのと それを落ち度として捉えるかは別。
理解するのと それに共感できるかは別。

物事ごとに 主観と客観のどちらに当てはまるかって捉え方も
はっきり分かれてない。
主観的に見てたことも理解が増すと客観の物事に見えてくるし
つまりは人によって見え方異なるから
主観的な都合より以前に それを主観か客観かの
どちらの観点として見るかが共通でないと
意見の食い違いが・・・みたいな まぁ

あと、不都合を唱える者に 因果の話を持ち出しても
納得させるのは難しい 特にその事故を起こした要因の一員だと。

何事も互いに要因、原因があるものであって
重点に置くのは相手の部分か自分の部分か、で
自分の方の要因を落ち度として見れるってのは
精神的に強いとか しっかりしてる と思う。

 この表現に見合う 近い言葉が見当たらない。



まぁ まずは因果、要因、からなる
客観の部分をはっきりさせること。
状況把握ってやつか。
両側の意見を聞くことやな。
そこに誤解や捏造があったらまたややこしくなるけど。
全てが事実であった上で

その上で主観的にどうあるべきか、って
考え方、捉え方。


だからまぁ 僕にとって 意見の相違に関して
正しい(と思う)か、間違ってる(と思う)か、
ってあんまり重要じゃなくなってきた。
自分はこれが正しいって思ってるけど
相手の間逆の言い分(捉え方)も
相手にとっては正しいんだろうな、と。

重要視するのは
事実か虚実か、
誠実か不誠実か、って所。

前者に関しては正直者な僕には不得意な事柄だけど。
後者のそれらはどうか、をよく見ていこうと思う。
自分に関しても相手側に関しても。
第三者で見るにしても。
まぁそんな感じ。

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