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zoom RSS 価値観の主導権の話。 子供の頃は親が絶対だった

<<   作成日時 : 2015/10/08 20:28   >>

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僕は子供の頃は 自分の主導権が親にあるような感じ、というか。
母親の言うことは絶対のようなイメージがあった。
やりたくないことでも やれと言われればやらなきゃだし。
やろうとしていたことでも 母がやめろと言えば渋々やめた。
馬鹿みたいな話だけど 本当に無意識にそのような感じで、
その辺について考え、意識しだしたのはここ数年でようやく。

板ばさみにされることが嫌い。
予定が同じ時間に二つ入ったり
二人以上の他人に それぞれが相対的になる言いつけを言われたり。
 予定のダブルブッキングに関しては僕の落ち度もある。

例えるなら
父と母にどちらが好きかと聞かれ、
父と言えば母親に泣かれ、母と言えば父に殴られる、
そんな状況。

なんでそんな目に合うのか、っていう憤りが多かった子供の頃。
数年前に出した答えとしては、両方殺せば良い。
それは大袈裟でも 殴り倒せば良い。
自分の障害になるような存在は邪魔でしかない。
倒せるようにならないといけない。

で、最近出した答えとしては
質問に答えること、選択することはしてやるが
その結果に不都合を感じるのなら
自分たち(父か母)が努力すべき。
暴力に訴えるなどして
「その回答=回答者自身の不都合にもなる」という具合に
自分の不都合を相手の不都合に転換することで
答えを変えようとする試みは道徳的ではない。

って感じ。
向こうが非道徳的な手段であろうと構わない、という姿勢なら
まぁ 上記のように それを回避できる術を
こちらが得る必要が出てくる。
火の粉を払う力が要る。


そもそも、自分の答えや主導権が
自分にあるという認識をきちんとしきれているか、って話。

自分の考えを否定されて憤る、ってのは
その考えについての
論理的な自信か、精神的な自信が足りない、ってことじゃないかと。
幼い子供ほど怒ると感情的になったり暴言を発したりする。
 子供ってのは比喩で、つまり自己分析や真理究明の
 至らない人間全般を指す。




他人の意見は 答えではなく
ただその人個人の意見であって、それ以上でも以下でもない。
何故自分の意見を他人に否定されると憤るのか、は
自分の考えが、相手の考えと同等か、その上に位置する、という
認識をしきれてないから。

自分の考えの方が上に位置する、という感覚について詳しく。
他人の価値観を見下そうとする姿勢ではない。
他人の考え方も想定や許容の範囲に入れた上で答えを出すって事。


子供の頃、母親に主導権を握られてはいたけど
禁止、否定されること自体には憤る気持ちがあった。
何故なら自分にとっては 親の決め事が決定稿、みたいな
前提があったから。
だから反発的な気持ちが沸く。
ただ他人の意見、という捉え方だったら憤らないはず。


「他人の言い分はただの人一人の意見に過ぎない。
 だからそれが答えというわけではない」
まぁ、これ言葉だけ知ってもあんまり意味が無い。
自分に言い聞かせるぐらいの効果はあるかもしれんけど。

必要なのは多くの判断材料、捉え方、知識を培うことだと思う。
それが論理的な自信に繋がる。

論理的に自信とは別に 心情的な自信も要る。
自分の考えが理に叶ってようと
多勢に無勢で弾圧されたり 弱みを付け込まれたら
自分が正しいという認識も揺らいでしまう。

まぁ要するに器量の問題。



子供の頃を思い出したらむかつくけど。
まぁかといって母親を責められない。
こちらにとっては独裁者のような立場を利用して
選択を奪われたような感覚だったにしろ
向こうにとっては多分そんな意図はない。
こちらが勝手にそう思ってただけで。
向こうはそれほど強制しようとする気はなく
一意見を言ったに過ぎない。


あとは、相手の方がそんな感覚である可能性。
相手が強く否定してくるのは、
相手自身が 自分の発言、考え方への
自信が足りないのではないか、って見方。
その時こちらが大人”聞いてやる側”
”諭す側”になれるかどうかやな。


職質とか面接とかで否定されて
憤りの気持ちを持つのは
自分と相手は対等な立場ではなく
相手の方が上に位置する、と思ってるからじゃないかと。
(まぁ実際相手の方が立場的に上ではあるんだけど)

まぁあくまで 考え方の違いの域のうちの話で。
どちらかに被害や圧力などの偏りがある場合は別。



主導権とその認識の話は
語りたい要素がいっぱいあるので
何度かに分けて書く。




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内 容 ニックネーム/日時
現代の平均的日本人では、悪い人の割合2割、大きな声でしゃべり、よく笑う。
7割の人は日和見、消極的、無責任、傍観者、表面はよく見えるが利己的。
1割の人は被害者、かわいそうで涙が出てくる。ずっと、報われることはない。
私が心がけているのは、良い人が多い環境で生活すること、そのためにまじめに努力したりする。
あじさい
2015/10/09 21:25
直接、今回のブログ内容には関係ありませんが、I組の件、大変興味深く拝読させて頂きました。
その中で少し気になる点がありましたので、不躾ながら羅列させていただきます。
※あくまで個人的な意見です。

@約10万円の支払いについて
頭金として3万円支払った(強奪された)時点でI組側より支払期限無期限、ミュージカル劇団で活動した証拠があれば残額の支払いは免除するという提案があったようですが、何故すぐに残額の支払いを行ったのでしょうか。
直接その場に居た訳では無いので勝手な意見ですが、
その時のI組社長の言動に偽りは無いように感じます。
貴方が、ミュージカル活動を全うし証拠を出せば残額は免除され、押収された物はちゃんと返されたのでは無いかと思います。
(一時的にゲーム機は諦める必要があります。)
性善説では無いですが、世の中、心の底からの悪党はいません。
前記の通り、彼等の行為は決して許されるものでは無いと思いますが、一部の方が生活苦の為、わざと軽犯罪に手を染め刑務所に入る事は普通にあります。
刑務所よりましなI組の環境は一部の方には、大変居心地の場所になっているかもしれません。
I組の人間も自分たちの行いは良心による物だと感じている可能性が高いと思います。

ひよこ
2015/10/14 11:14
AI組再訪問時の態度について
食事、飲み物は断らない方が賢明でした。
I組による食事、飲み物の勧めは間違いなく良心によるものだと思います。
人は誰しも自らの良心によって進めたものを拒絶されると心情が良心⇒悪意に変わります。
尚更、好意をもった相手からの拒絶は悪意を通り越して憎悪に変わります。
貴方は少し自尊心が高すぎると感じますので、辛いと思いますが、TPOにより自らの感情、言動をコントロールされる必要があるように感じます。

Bミュージカルについて
未だミュージカルを志されているようであれば、
入ってみられたら良さそうな劇団があります。
劇団 Carta bianca
ひよこ
2015/10/14 11:52
苦手な人は多い。嫌いな人とは、1、頭が悪い、2.感じが悪い、3.気持ちが悪い人。

頭が悪いというのは、自分の頭で何も考えていない人。
勘違いがはなはだしい。物事を自分の都合よいように解釈している。

感じが悪い人とは、いじわるする人、相手を困らせて喜ぶ人。

気持ちが悪いのは、堕落して汚らしくて見苦しい。最低限のエチケットを守らない人、

普通の人は、上記1,2,3が混じった人が多い。
価値観の違いがあるというが、ご都合のよい傾向は同一。

ただし、嫌な奴がいるということは(心の中で)抑圧しているもので、無意識では多くの時間を嫌いな人のこと考えているが、その事実を無意識に抑圧している。
あじさい
2015/10/17 10:43
おっさんこんばんは。
過去ログ楽しく読ませてもらった。
おっさんは現在幸せでない。
幸せを望んでいる。
幸せになる期限を40とする。
それ以降のことは考えない。
これらが現在の気持ち、選択、意思。

私も時々思うこと。
こんなはずじゃなかった。
世の中おかしい。
現実が納得できない。
あじさい
2015/10/23 21:47

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