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zoom RSS 重要なのは 事実か認知か

<<   作成日時 : 2015/12/04 22:14   >>

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他の異性(同性も含め)との踏み込んだ接触
もとい性経験が皆無である立場上
そういったことに多くを語るべきではないと認識してるけど
人間の価値観や主張、意図については
人一倍考えてきたつもりであるから
いくらかは やむを得ず例として上げる。




「マンガで分かる心療内科」って本があって。
http://yucl.net/manga

書かれていた とある例え話。

男性Aと女性Bは付き合ってる。
ある日二人がそれぞれ住む町が
挟んでる川の橋が台風で壊れて、
会えなくなってしまう。
BはAにどうしても会いたくて、
船を持ってる人Cに船を貸してくれと頼むが
Cは大金を要求して、Bは払えなくて諦める。
そこへ別に船を持ってる男Dが
一晩身体を好きにさせてくれたら貸してやる、と
持ちかけ、Bはこれを受け入れる。
そしてAに会うことが出来たのだがBは罪悪感から
Dと寝たことを白状してしまい、Aは怒って別れを告げる。
悲しむBの所へ、男Eがやって来て、
全て見ていた、自分でよければ一緒に
なって欲しいと言われ、BはEと結婚する。

これを読んで、誰を一番嫌いだと感じたか?



心理学じゃ有名な問題らしい。
「川を渡る女」ってタイトルで。
だから記述によって表現や登場人物の数、設定が
変わったりするから はっきりとした答えは分からんけど。

で、まぁ僕はBに嫌悪感を抱いた。
貞操観念への偏見とかもあるけど
この人何一つ我慢してないよな。
橋だってずっと壊されたままってわけでもないだろうし
Dの要求を拒んで我慢すればいい。
まぁ呑んでしまった後でもAを傷つけないために
抱かれた事実を墓まで持っていくぐらいの気持ちでいれば、
…ってのも罪悪感に負けてるし。
Eにあっさり乗り換えたことには 特に何も…。

Dみたいな男も嫌いだけど。
こういう男にしてはまだ良心的な方。
あくまで交渉を持ちかけただけで 拒否権は普通に与えていた。

これに記載されて無いだけで、Dは了承させようと
言葉巧みに色々言ってきた可能性もあるけど
まぁ、この物語自体が 重要な部分だけ取り出して
抽象化されたものだから過度な推察は不毛。


で、その答えについて。
「あなたが選んだ登場人物は、
 あなたにとって羨ましく思う人」だと。

はぁっ? って。イラッときて。

何一つ我慢せず 他人任せに人生を委ねた挙句
本命の相手に捨てられ 同情で拾われたBの
どこが羨ましいか。無様すぎるわ。

で、数日、数週間して ふとこの話について考えてみて。

甘えすぎ、自分でものを考えられない、
選択や判断を他人任せにする所、我慢が出来ない所は
自分にも似た所がある。

そんな奴の人生なんか世間に適当に扱われ 翻弄されて
勝手に悲観して惨めに死ぬのがオチだけど
そういうスタンスであるにも拘らず
結婚、安定した生活という最低限の
人生の保障は得ることが出来た。
(良識を持ち合わせ、自分に味方してくれるという
 貴重な他人Eに運良くめぐり合ったおかげで)

そういう面を見ると確かに「うらやましい」かもな。
手を抜いて 一定の処遇が得られるってのは。

まぁ、「うらやましい」という感想自体
言われて思案を巡らせ ようやく条件が一致しそうな
捉え方を見つけただけで。

 言うなら、占いでよくあるトリック。
 先に答えを提示され、
 後に条件に合いそうな出来事が起こると
 その占いが正解だった、というように考えるような。

つまり、「真理」かどうかはまだ分からん。
まぁそれでも自分の悪癖に気付けたんだから
そこが重要。




なんだろうな。自分が怒りを覚えた理由。
自分の価値観と相違する意見を提示されて反発するのは
自分の価値観、観念をはっきりと
意識的に、相手より上に持っておけてないから。
相手より上に持っていれば 他人の意見など
「まぁそういう考え方もあるね」と 寛容に受け取れる。

この漫画で書かれてることは基本
理に叶っていて、説得力があって、
内容に救われたこともあって
自分の観念より上に置いていた、って所があって。




上だと思ってる(尊敬してる)者の出した答えが
自分の価値観と違えると 反発する。

まぁ、言葉の地雷というか
「嫌いな人格に対して 羨ましいと思っているのだ」
って意見を突きつけるとか結構 その初歩的な例。
身近な例を挙げれば 小学生が
「○○(嫌いな奴)のこと好きなんだろう」と言う様な。

読み手の心境がどうなるか先読みして
配慮した描き方を出来ないものかな、って思った。
心理学のプロなら その辺重々承知だと思ってたけどな。

もしかしたら、この反発させることを
想定した上でこの言い回しをしたのか。
だとしたらこれは読み手に対しての試練だったのか。
他者に救いの言葉、答えを求めるばかりではなく
自分で考えることも必要だと読者に気付かせるための。

単にそこまで考えてなかっただけか。
 別にこれが罪ではないし落ち度でもない。
 書き手は本来そこまで考える必要はない。
 伝達する側がある程度気を使わないきゃいけないけど
 ここまで細かい部分に来ての違和感は
 読み手がどうにかすべき。

観念を自分より上に置いた相手には なんか
完璧を求めてしまいがちになる。





2ちゃんねるで書き込まれてた話。
妻、娘を持っている男が 過去に不倫していたと語る。
その意図は反省や懺悔ではなく、価値観の主張。

・昔、2年間 若い女と不倫していたが
 今ではきっぱり別れている。
・やってよかったと思っている。
・妻にも 誰にもバレてない。傷つけてない。
・妻を幸せにするつもりだし自分も幸せ。
・不倫は悪いし 恥ずべきことだと認める。
 だからこんな匿名の掲示板でしか書かない。
 非難は受け入れる。
 ただ弁解(正当化、言い訳)はしないが
 釈明(理解させるための説明)はする。
・自分がやってるんだから
 妻も自分にバレないようになら不倫しても構わない。
 ただ隠す努力はすべき。見つけたらそれなりに責める。
・不倫することで見えてくる世界もある。


コメントで散々叩かれていた。
「なんというかお前 救えないな」
「妻と娘を裏切ってるって分からないのか」と。
コメント側は、間違いを諭す言い回しを努力してたけど
やはりある程度の怒りが垣間見えた。

けったくそ悪い話だけど
男の言い分が分からんわけでも無いんよな。
要するに道徳の観点とは別に
因果の観点を見つけてしまった、ってことだろう。




8月後半にここで強姦犯の自供の話を書いたけど。
あれがむしゃくしゃする理由の一つは
行動が間違ってると思わないから、
責める要素が無い。って所。
過去にやってしまったことは責めてもどうにもならない。
問題はその後どういう選択、行動をしたか。
どう考えたか。

後悔して 自分が犯人だと隠して
被害者に尽くし続けている。
間違ってない。
「正直に話すべき」とか思わない。
しいて挙げるなら バレた時への懸念が甘いことか。
「愛想つかされるかも」とか。




他の話
妻が過去に浮気していたと話してきた。
「もう時効だからいいよね」とか抜かしながら。
その妻にとっては過ぎた話でも
夫にとってはたった今聞かされた話だから。
夫も「知りたくなかった。黙っとけよ」って書き込んでる。



他の話
嫁さんが不倫を自供してきたって話。
小学生の頃からの幼馴染と結婚して、その嫁が突然
「不倫してた。今では相手とはもう会ってない」と
泣きながら謝られ どうして欲しいのか、と聞くと
「許してくれるならそばに置いて欲しい」と。
許せなくて離婚。
その後 男(旦那)は裏切られたショックで
精神的にボロボロになって仕事できなくなって離職、
酒や博打に明け暮れて 生活費無くなって
両親に金の無心をしに行って、
手切れ金を渡される代わりに勘当される。
まぁようやく精神的に回復させて、新しく仕事を始めて
両親に会いに実家に行ったら そこに元嫁がいて。
「どの面下げてここにいるんだ!」と
怒鳴ったら親父に殴られた。

元嫁はこの男(元旦那)と別れた後も
男の両親との面識は続いてて、
母が倒れて、その世話をしてたと。
男が両親に金の無心に行ったときも
嫁は隠れて泣きながら聞いてたと。
まぁその後なんやかんやあって、二人は再婚。
まだ心の傷は残ってるし許しきれてないけど
今後頑張っていくつもり。



旦那をズタボロにしてこんな不幸な展開を招いたのは
「嫁が浮気した事実」ではなく
「嫁が浮気したという情報」を旦那が認知したこと。
しかも旦那が探りを入れたわけじゃなく
勝手に嫁が明かして。
端的に言えば 嫁が黙っていればよかった。
隠すことが嫁にとって苦しかろうと 本人の負債。担うべき。


裏切られたことでここまでダメージを負うのは
旦那が道徳の観点しかほとんど見てこなかったんだろうと思う。
人の悪意(やわらかく言えば 個人の都合、弱さ)を理解せず
嫁を信じてたから(悪く言えば妄信、思考停止)


道徳を重視している人間は生き辛く、
因果を重視してる人間の方が生き易い。
童話みたいに 妄信でずっと幸福でいられるほど
人間は単純じゃない、仕方ない。
正直者が馬鹿を見る。
僕は基本 世界はそういうものだと理解してる。
してはいるが、それでも善人が幸福になる世の中ってのを
正直望んでたりする。

まぁあらためて
やっぱ道徳性なんか因果の二の次やな、と思った。
(正直者、善人であるべきではない。不幸になる。)
旦那惨めすぎるやろ。何も悪くないのに。
いや 悪くない(人間の二面性を認知する努力を怠った)
からこそ こうなったのか。

旦那も嫁も 道徳性だけに目を向けてたのでは、と。
道徳性を重心に置く=誠実な人間 ってわけではない。
なんか正直に明かすのが誠実だって思ってる人多いな。

正直に話す以上に 誠実な選択とか
真理とかについてある程度考えれば
結構初歩の段階で見えてくるもんだとは思うんだけど
考えてこなかったのか?
どうせ考えてこなかったんだろうな…。


僕が言いたいのは 嫁がやったのは
「正直に明かした勇気」なんて 正しい選択でなく
「夫の心を守る守秘義務の放棄」という
自分にとって楽で 相手に対して不誠実な選択を
選んだってこと。

ここまで言うと そこまで叩く資格は僕には無い、
って面が出てくるけど どのみち匿名の書き込みだし。

なんというか 2ちゃんねるとかで書き込まれる
懺悔の話ってのは 失敗、間違いだと
認めるべき点は認めるか 誰かが突っ込んでるんだけど
そこに触れられてなかったから。




元々動物ってのは 夫婦や性の概念について意識は低く
例えば強いボス猿がメスを独占したりしてて。
人間は文化の進歩に伴い
調和、平等、あるいは別の何かを前面に押し出して
男一人と女一人、という制度が出来たのだろうか。
その辺の歴史や生物学は詳しくないけど
問題はその後の概念

道徳性を人間の当然、あるべき姿、理念として
前面に押し出してきた「おめでたい教え」が
不幸の元を辿れば諸悪の根元 だと考えてる。

でも それを前提としておかなかったら
”人間”を特別なものとして好意的解釈できない
つまり好きにはなれないしで。

その教えはデメリットだけでなく
確かにメリットも作るから 悪いものとばかり言えなくて
まぁそれでも基本僕は
この教え、風潮を疎ましく思ってるけど。
難しい。上手く言えない。






4,5年前か。
僕はバイト先で 仕事も人間関係も上手くやれてなくて
結構年下とかにもまぁ馬鹿にされてたんだけど。
従業員で真面目めな奴が 僕のブログを見て
そいつらの愚痴とか悪口とか書いてたのを仕事場で明かした。
まぁちょっとゴタゴタしたことになった。

お前ふざけんなよ、と言ったら
「悪口書く方が悪いんやないん?!」と。

年下(チャラい同期も居るけど)のメンバーが
僕に悪意を向けたり、年上の嫌いな婆さん
(今ではなんであんなに嫌ってたのか分からんが)
に イライラさせられたりして。

僕が何かやり返すより こうしてネットにでも
名前とかは出さずに愚痴だけ書いたりして
晴らした方が誰も傷つかないし
問題なく仕事続けられるものだと思ってたんだけどな。

道徳性の無さ(悪さ)は認めるが
それを明かす代わりに解決策を提示できるのかお前は。
お前の正義の行動は 余計な悶着を起こしただけで
何一つとしてメリットが無かった。
と、その旨を上手く伝えられたか分からんが
一応そいつは 良くない(間違った)行動と認めた。



こっちとしては連中に 仕事の不出来でなく
関係ない事について人格攻撃とかされてたし。
まぁその意図を読めばまぁ納得、
理解することは容易なんだけど。

まぁ僕の落ち度は仕事と人間関係を上手くやれなかったのと
ブログを仕事仲間の目につく所に貼ったことか。

これで均等が保てていたのに
余計な探りを入れてきて文句言うなってこと。


島田神助さんがいつか言ってたんだけど
「ケータイを勝手に見て 浮気の証見つけて
 文句言ってきたりすんのおかしいやろ。
 それ以前に勝手に人のケータイ見んなや」とか。

正当でないやり方をしたなら
相手の不当を責めるべきではない、ってのか
あるいは


”事実”より”認知”を重要視している、ということ。
その前提が 互いに異なる、って可能性。

重要なのは 事実 か 認知 か。
浮気した側とされた側、夫か妻、
両者の持つ前提が異なっていれば
そこに気付かないと議論は成り立ちにくい。

僕が今回提示した考え方としては
基本的に認知の方が重要。
早い話「知らなければ問題は無い」ってこと。
勿論それが全てではないが。



こち亀でよくある話なんだけど。
社員旅行のプランを立てる仕事を両さんが受け持って
その旅費を博打で摩ってしまって
罰が嫌で どうにか誤魔化そうと安いプランを立てて
それなりに満足させようと必死になったりする話。

両津の不誠実さを前面に推した話だけど
逆に 処罰を覚悟で 上司に白状して
後を全て任せたところで
上司は代替案を立てるのに苦心するだけで。


隠そうとする方がよっぽど
筋が通っているように見えることもある。
隠し通す義務か。


ある程度の探りを入れられても 隠す側の義務であり
第三者からなら責められる義理は無くても
騙した相手から責められるのは仕方が無い、のか。

僕も 認知と事実のどちらが重要か、
はっきり答えは出せてない。
というか僕は中立を目指してるから
あんま出す気は無いけど。

まぁそんな感じ。



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悩みの多い人とかにお勧め






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川を渡る女と 見解を逆転させうる仮説の存在
何度か書いたけど 物事ってのは あらゆる経緯の積み重なり、それによって 時に目立った部分のみを切り取られた部分を 他人が知り、 ...続きを見る
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2016/08/27 22:44

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内 容 ニックネーム/日時
子孫を残すのが苦手なタイプは、道徳心が必要以上に高かったり、執着心が少なく諦めるタイプが多いのだろう。今の平和な時代では、ヤンキーが子だくさんで、教養ある人は晩婚化と少子化が進んでいるという。欲が深く自己中な人が多い理由は、そのような人が子孫を残す能力が高かったせいだろう。生存本能の弱い人が子孫を残せなくて、生存本能の強い人が残ったという結果。トラブルメーカーも、強欲も、自己中も、子孫を残すという点ではそれほど不利な材料にならない。しかし、これも状況が変われば結果は異なる。
あじさい
2015/12/05 08:23
知り合いで心理学関係者が多い。臨床心理士とか、カウンセラーにいかがわしい人が多いが、心を扱う優れた人が少しはいることもある。心理学に興味があってこの世界に足を入れても、迷宮に迷い込み難しい人になることが多い。心理学を他の学問(化学、歴史等)と同列には扱えない。

事実は重要である。また、人間は事実をそのまま受け取れる事ができない。
ゆえに、認知を歪めて事実を変えて受け取る。これは防衛機構であると精神分析では説明している。道徳も他社依存性も自己中(または自分の意見)も、バランス感覚だろう。
私の場合は道徳3割、他人の意見3割、自分の主張3割、そのバランスが極端では(社会生活するのに)まずいということ。
あじさい
2015/12/05 08:25
>子孫を残すのが苦手なタイプは〜
まぁ僕も正直 結婚や子孫を残さない方針で考えてたりしてます。道徳の観点で見てその方がいい理由が多い。

>人間は事実をそのまま〜
まぁそれが心の弱さだったりするんですかね

おっさん
2015/12/11 21:29

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