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zoom RSS ゆとり世代とその捉え方

<<   作成日時 : 2015/12/12 18:28   >>

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たまにネットとかで話題として上げられる ゆとり世代。
批判的な意見が多い。
僕自身その当人でもあるから耳の痛い話。
でも例として挙げられた話(※)を読むと
いや、さすがにこれよりゃマシやな、と思うけど。


※例として挙げられた話…
 ある社員の書き込み。ゆとりの新人社員が、
 自分のやりたかった職務に就けなかったから
 あからさまに機嫌を悪くして仕事してる、って話。

 ドラマ「バンビ〜ノ!」を連想した。
 世の中を若干舐めてる 料理人を目指してる若者が
 プロの職場で人生の厳しさを知りながら成長していく、
 って感じの原作漫画。
 料理人を目指してるのに ウェイターをやらされる。
 「自分はパンを配ったりメニューを
  聞いたりするために来たんじゃない」と。
 先輩にそう相談したら、
 「なら自分が成長しろ」と返される。

 やりたい仕事に就けないという現実。
 まず根本的に 世の中は自分を幸せにするために
 用意されてるわけじゃないし
 他人は自分の希望のために考慮してくれる義務はない。
 まぁ、理想や希望があるなら自分が努力すべきってこと。
 てか 軌道に乗ってるだけまだマシ。
 漫画家志望で言うならアシスタントが
 「自分はベタを塗ったりトーンを切ったりするために
  ここへ来たんじゃない」みたいな。



まぁ、「これだから ゆとりは」等
(悪く)言われる分には仕方ないと思う。
なんらかの欠点や悪癖が、それを連想させる要素に
関連付けられるのは仕方が無い。
例えば性別、人種、所属、など。

 例えば僕が 人気作品の贋作、パチモノを見つけて
 そのメーカーが「とある国」だと書いてあったら
 「あぁ、あの国だからな、
  相変わらず盗作ばっかしてるな」と思うし

 逆に僕が面接とかで仮に 出身高校を理由に
 偏見とかマイナスイメージを投げかけられたら
 反論できる自信がない。
 一応何らかの主張はするけど学校の落ち度は擁護しない。

ゆとり世代はいい印象じゃない。
甘やかされた世代、みたいなニュアンス。
それで悪いように思われるのは仕方が無い。
 僕自身もゆとり世代の恩恵を受けてきたし。
 たしか小学2年から 土曜日が休日になって
 (それまでは午前まで授業した後
  上級生同伴の集団下校だった。
  正直苦痛だった。)
 教師から手を上げられたことは一度も無い。
 むしろ罰のようなものもほとんど受けてない。
 まぁ、恩恵を受けた以上はそれに伴うリスクや偏見も当然。



ただ、言われる側に限らず、言う側も言う側って話。
良識のある大人は
「これだからゆとりは」なんて軽く口にしない。
 というか力関係的に弱い相手に
 一方的に悪態をついたりはしない。
実際 僕にそれを言ってきた大人って
I組の連中ぐらいしかいない。

それに多分 言葉の概要をはっきり
知った上で使ってはないだろう。
意味を知らずなんとなくニュアンスで使ってる。
それは珍しいことではないけど。

学校の教師、塾の講師、バイト先の上司とかに
生意気な態度を取ってしまったことは多くあるけど
「ゆとり」云々に限らず 侮辱のような言葉は
言われた覚えが無い。
 子供心に嫌いだったけど、今にして思えば
 人並みに人格のある大人だったのか、と思う。
 (ただし一部は除く)



まぁ、当事者だから。
どうしても「言われる側」の立場としての価値観になると
前提としておくけど。

ゆとりでない世代の ゆとり世代へのぼやきの一例。
「言われたことしかやらない」

まぁ似たような事 言われる場面に立ち会ったけど。
言われる側からすれば
「注文してもいないことを 相手がやらなかったことに対し
 憤ったり文句を言うのはおかしい。」ってこと。
場合によっちゃ 甘え として受け取る。

まぁ、これはあくまで対等な関係の場合で、
違うのは 言われる側が立場的に下だということ。
立場的に下ということは 力関係も視野に入れれば
ある程度の横暴、関白に見える処遇も仕方ないかもしれない。


「分からないなら聞け」とされている譲歩。
まぁ、その聞くべき部分すら分からないこともあって。
例えば 荷物を運ぶという仕事をしている時に
中間にルートAとBと分かれている部分があって、
特に意図せずにAを通っていくと
「Bを必ず通らないといけない!」という叱責を受けたり。
予め一度でも言われたならこちらの落ち度だけど、
聞かされてない。



新人で知識が乏しい、という建前も踏まえた上で
「人並みレベル」を求められてるのか。
まぁ、例えば新人を割り当てられたベテランからすれば
「いつもは人並みに働ける奴が来るのに
 今日は使えない奴が来た」って心境なのかもしれん。
僕も一応その気持ちは分かる。
建設の荷物運搬で 遅い、力弱い、要領分かってない
新人らしきおじさんと一緒になったことがあって。
「あの人遅っせぇ…」って思った。全体の仕事も遅れるし。
まぁ、それで咎めたりはしないけどな。
そこは自分が抑えるべき。



あんたらだって最初分かんなかったんじゃないのかよ、
って思うんだけど。
まぁ「ゆとりでない」相手方も、最初は同様に
強く当たられてきたのかもしれない。

こちらは「叱責」を
一線を越えた行い、として認識してるけど
その人達にとっては越えてはなく、普通のことなのかも。
怒鳴り怒鳴られ、殴り殴られ、そうして
成長するのが当然という認識で。

なんというか、まずこちら側の前提として
「叱責=人格否定」として解釈してしまってる所がある。
そう感じるのは 僕らの自信、精神面での強さが乏しいのか。


今時 仕事のやり方を
最初に説明されるのが当たり前だからな。
研修期間を設けられたり。
彼らはともかく 僕はそれが前提(当然)になってる。


まぁ客観的に見れば どちらが正しいのかは分からない。
先人方の世代にとってはそれが当然、正しいこと
だったのかもしれないけど
この人達が認めようと認めなかろうと
今の世の中は 理解、調和、公平 を意識してる
そういう方面に向かってる。(僕の解釈だけど)
つまり「怒鳴り怒鳴られ」は
現代の人間を育成するには向かない古い考え方。

基本的に 古い、少数派が
新しい、多数派に合わせるべきだと思ってる。

ゆとり世代は確かに「甘えすぎ」な傾向も
見られるかもしれないけど、その都度変えていくしかない。
客観的にどちらが正しいか、正すべきかは分からんけど
少なくとも僕個人は
「ゆとりでない側の社会の価値観」、
特にI組がやっていたような価値観は
『衰退すべき悪しき風習』だと思ってる。



まぁ、これが僕のゆとり賛同派としての考え方。
で、次はゆとり批判としての考え方。




ツイッターで流れてきたんだけど。

「体罰が禁止されたせいで教師の威厳が損なわれた、
 なんて話を聞くけど それが本当だとしたら
 教師の威厳ってのは、弱い立場の相手への
 一方的な暴力でしか表せない ショボイ威厳ってわけだ」

そうでもないんじゃないの?
というか、そういうものなんじゃないの?
そもそも肝心なのは教師側の威厳じゃなく
子供へのしつけじゃないのか。

そもそも一定の観念がきちんと備わってない子供に
他人の尊重なんて概念を持たせるのは難しい。


これは僕の持論なんだけど。
一定の観念を持ち合わせてない人間(子供)ってのは、
動物と同じ。犬か猫かそこらの。
観念を持ち合わせてないなら
人権なんて二の次でいい。


実家で飼ってる猫も 最初は
トイレで用を足す習慣をつけるべく
その辺で排泄したら 頭を叩いて猫砂の上に押し付ける、
ということを繰り返した。
可哀想だけどな。仕方ない。

父も「人を噛まない様にするためのしつけ」とか言って
わざとちょっかいをかけて、噛みついてきたらつねる、
ということを繰り返した。
悪いことしてないのにこれはひどくないか、と思ったけど。
危害を加えてくる相手への正当な対処、
という選択が無くなるし。
まぁこれは良くないと思った。



中学、高校の頃
家庭で甘やかされている、といった情報が流布してきた
同期の生徒を2人知ってるんだけど。
そいつら本当に酷かったから。

基本的に他人を舐めてて攻撃的。
まぁそれぐらいの奴はチラホラ居るんだけど
その2人はダントツだったし。
先生に対してもあからさまに挑発、侮辱したりしてる。

学校で強く怒れず、家庭でも甘やかされてたら
一体誰がその子供を「しつけ」るのか。



情けない話、人間ってのは自分に不都合が発生して
初めて真面目に考える。
不都合が無ければ(悪いことを)やめる理由が無い。

僕も子供の頃 叱ってこない大人を舐めてて
散々迷惑かけた覚えがある。
今でも完全にその癖が消えたわけではないし。


「我々大人の体罰(叱責)が
 子供が将来、正しかったと理解し、感謝してくれる」

という考え方。
これは「悪の教典」で出たセリフなんだけど
他にもどっかで聞いた気がするので 一部は
理に適った価値観として認識してるかもしれん。


僕も 大人になってから 子供の頃に 大人に
言われたことが正しかったと理解したことは多い。
けど感謝してるのは正しさ、間違いを
論理的に解説してくれた大人であって
叱責や体罰でしつけてきた事柄に関しては
ほとんど感謝してない。
大人の言い分が正しかろうと、それはそれ、これはこれ。
普通にむかついてる。
僕の器量が乏しいのかもしれんが。
 むしろ今一度考えて やはりあの先人(大人)の
 言い分は間違っていた、と思うことも多々あるし
 その殆どが叱責や体罰で教えられたもの。



まぁ、その「論理的に解説」の困難、苦痛さも理解してる。
聞かせる相手の方も 正しくあろうという
前提があるとも限らないし。子供だから。

子供の悪事を
叱責、体罰という 当人の不都合に転換させた方が
教育としては手っ取り早いし合理的。

まぁ、僕は『先人は恨まれてなんぼ』だって思ってる。
恨まれ、憎まれる覚悟が無いなら
教える立場になるべきじゃない。

叱責、体罰も必要ってこと。
恐怖政治と言えば聞こえは悪いけど。

かといってこれを言い分、後ろ盾にして
大人が一般基準を踏み外すのも良くないし
要はバランスか。



ゆとりと呼ばれる世代、価値観と
そうでない側の世代、価値観の
どちら側に肩入れしてるか

労働社会においてと 教育の期間への
僕の考え方の一部を ひとまず挙げるとこんな感じ。

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内 容 ニックネーム/日時
団塊の世代とかバブル世代がゆとり世代を批判することは多くあるが、
その逆はない。ご指摘の通り、上から目線の「最近の若い者は」という愚痴に思える。
また、若者のほうには「見下され不安」「被害妄想」も多少ある。

学生の最近の就職状況では、製造業、建設業は3Kとして嫌われることが多い。
昔の人は、確かに3K職場でも今より貪欲で過剰な楽観主義もあり調子に乗っていた。

私は、慎重さという点では最近の世代のほうが好きだが、本来人間は怠慢なところがあるので、怠けることを勧めるのは良くないと思う。
あじさい
2015/12/13 19:14
怠けを勧めるって言い方だとあれだけど
僕は基本 無知は罪ではないと思ってるんで。
ただ 知るべきことを知ろうとしないのは罪。
叱責は同じ失敗を繰り返したり、仕事を覚えない、とかであれば納得のいく理由。
一度も聞いてないことで叱責を受けるのが気に食わない。教えておかなかった側が戒めて欲しい。僕自身も教わる時であれ 教える時であれ。
この境目が 下の人間の怠慢か、上の人間の傲慢か、捉え方は人によるだろうけど 僕は後者ってこと。

僕がそもそも違和感を覚えてるのが人生の過程で
子供時代に道徳を学び、大人になってから因果を学ぶ、という順。 因果を踏まえた上での道徳、という段取りを踏ませないのが 遺憾に思う。
順を逆にすればいい。誰に言えば解決する、ってものじゃないけど。
おっさん
2015/12/15 17:49

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