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<<   作成日時 : 2016/01/01 23:34   >>

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人間学園とG社とで 今後の人生設計とか
結婚とか どうなりたいとか どう考えてるのか聞かれた。
まぁ幸福な人生のために今何をするかと。

僕はこの数年で幸せになりたいとか
あまり意識はしなくなって
強いて言うなら 答えを知りたいと考えるようになって。

幸せについて聞かれて
あぁ、そういやあったなそんな概念…って素で思った。

というか僕は確か21歳ぐらいの頃から
結婚とか幸せになることとか諦めだして
認識ってのはコロッと変われるものじゃないから
最初こそ違和感があったものの
今じゃその認識に慣れてるから。
あんまり幸せになりたいとか考えて無いんだよな…って。

人生に対しての 自分への処遇についての要望、
ってことなら あんまり幸せは求めてない。
強いて言うなら 精神に支障をきたすような
不幸さえ起きてくれなければいい。

元々僕の人生思い返して
「幸福」って概念に関連付きそうなものを挙げるなら
僕の基準で、だけど
あんまり高度な処遇(幸福)は求めてはないけど
最低限このラインは当然守られるべきだろう、
って思ってたラインすら壊されたり奪われたり、
ってのが繰り返されて。
その「当然」すらも期待できないのか、ってのが
まぁ強く印象が残って。

その 当然という前提も解釈の一つに過ぎない、とか
まぁ色々自分なりに理解するようになったのが
「答えを知りたい」の先に出てきたもので。

答えを見つけていく先にあるものは
幸福になり得るものではない、って分かって。
単純に言えば「知らない方が幸せ」ってこと。
理解を深めると理想が遠のく。

 例え話をするなら
 戦争している相手を 絶対悪として解釈しておくか
 相手側の背景事情や理由を認知しているか。
 知った所でどうこうできるわけじゃないなら
 知らないまま正義についてだけ意識していた方がいい。


それなり答えを出した先に思うようになったのが
「あぁ、もういいや。」って感じで
実際幸せだと思ってないけどそれを不都合には思ってないし
幸せになろうとも特にしてない。
まぁ正直 早く死なないかなー、とか思ったりしてる。

幸せになろうとする、ってのは置かれた状況を
好意的解釈か改善のどっちかに努めるか
(慣れるか変えるか)ってことだと考えてる。
それをしないってことは
好転させようとしてないってことで。
不満を言うべきではない。



「最強伝説黒沢」とか「わにとかげぎす」とか
何もしてこなかった男が中年になって己の人生を悔いて
何かを始めようとする、って感じの漫画がある。
あと一人暮らしの中年男が自作の料理を一人で食べてて
自分の状況について泣き出す、って
ネットで見た名も知らぬ短い漫画。

自分も将来 多分こんな境遇になるだろうが
心境についてはこうならない自信がある。
散々考えたつもりだし 覚悟してるから。

でも「客観性を高めていくと 結局主観に戻る」って
心境の変化の仕組みも経験してるし
逆にこうなり得るかもしれない。

早いうちに勝手に達観したつもりになって
若さだけ無くすってのが何より不幸なのかもな。



幸福の仕組みへの僕なりの解釈。
先人の教育や 個人での思考に基づいて
形成された価値観に、
自身の置かれた境遇が 合っているか違えるか。

僕の言葉じゃないんだけど
「”死”が本当に悪いものなら
 人間は死ぬようには出来ていないはず。
 生きた事実と死んだ事実が残るだけ。」

死が不幸という認識は、
勝手に人間がそう解釈しているだけ、という説。

おめでたい教えに限った話じゃないけど
死は基本的に避けるべき悪、と教育される。
でも動物なんかは教育されなくても 必死で死を避けるし
死=悪 は本能でそう解釈するものなのかもしれん。

価値観はその本能を凌駕する説。
死を幸福と解釈し得る例。フィクションだけど。

藤子作品で「ミノタウロスの皿」って漫画。
牛が人を家畜として飼い、食うのが当然となってる惑星で
かといって 人間にとって牛が
恐怖の対象っていうディストピアではなく
互いに尊重して納得して成り立ってる文化。
牛に食われるために死ぬことを喜びとして解釈してる。

戦時中、兵隊は国の為に死ぬのが喜びとして
教えられてたという話をよく見る。
当人達の心境としてはどんなものか分からんけど。
「はだしのゲン」じゃ作品自体に
戦争否定派の意図があるから
嫌々やってる兵隊しかほとんど出てこないけど。

「イキガミ」で 国の教えを完全に信じて
喜んで死ねる、ってキャラ居たけど
実際の戦時中に 本気でこう思ってる人は
どれぐらい居たのだろうか、って。
例として挙げられる情報が無いので何とも言えん。




幸福、不幸の基準ってのは 比較。
過去の自分だとか周囲だとか。
他者の基準は参考になっても
肝心なのは本人にとっての基準なんだから。
他人から見れば些細なことでも
本人が不幸だと思えばそれは事実不幸になる。
幸福、不幸がそもそも 個人の感じ方の話だから。

人間学園で話した当の人は
地元じゃ友達に恵まれてたけど
東京出て一人になって
耳鳴りがするようになった時期があったと。

僕は元からそんな友達居なかったから
別に今 映画鑑賞やら誕生日に一人で居ても
不幸でも何でもないんだけど。
元々あったものが減る、無くなると
そこに比較、差が生まれて
不幸だと解釈するようになるんだろうな。

「ハリー・ポッター」で
金持ちの息子ダドリーが
クリスマスプレゼントを親から33個貰って
去年より1個少ないだけで怒ったりしてて。
これで 将来親居なくなったらどうなるのやら。
33個もらえて当然だったのに
仮に大人になって誰かに1個もらえるかどうかに
なったら、その落差が大きな不幸と感じるかも、と。


個人の幸不幸の基準が
一般的に当然とされているものより高ければ
独り立ちした後
基準を落としてその当然に合わせる期間、
それは不幸であり苦行になる。
僕はもう終えたつもりだが。
ネットとか見てるとその最中らしき人をたまに見て
特に僕は助ける気は無いけど
まぁ内心 がんばれ。って思ってる程度。

観念が備わってない、形成している期間、
要するに子供のうちに色々与えすぎることは
後に不幸になる要因を与えている、とも見受けられる。

親から月数万の小遣いを貰ってる子供、
与えている親、って話をたまに読むけど。
周りが贅沢、やりすぎだと思っても
当人はそう思ってはいなかったり。

子供の頃は色んな物事に
何が、どれぐらいが丁度いいのか、を
判断する時期だったりするんだから
その時期に それが丁度いいと認識させれば
後々 感性が 周囲との相違とか
まぁ影響してくるわな。



「もの」に対する執着。
所有物、人、道徳や正義などの概念。
それが自分にある、ということ自体が幸せ。
あって当然、が崩された後の 自分の不幸
その事実を仕方がないと正当化する理屈も
自分なりに見出してるし。

あぁ、なんか 持っても無駄やな、って思った。

所有物(趣味、資産)について思うところが出て
まぁあんまり物買わなくなったし。
こうあるべき、という考え方もほとんど無くなった。



人間学園とG社との話の時に
自分の思う幸福の例について聞かれた。
その概念自体 気に止めてなかったんだから
聞かれてちょっと回答に困ったけど。
まぁ一応イメージはある。

好きなもの集めたりとか
好きな人間とディズニーランド行ったり一緒に住んだりとか
自分の子供とポケモン映画見に行ったりとか。
多分そういう。


物事ってのは常に二面性があって。
まぁその裏側が先ほど述べた
「知らない方が幸せ」な部分なんだけど。
悪い展開の備えや、義務として
ある程度はしっておいた方がいい
というか知るべきなんだろうな。

LL盗まれたときも 幸福の裏側にある
「失くす場合」を想定しきれてなかったから
対処出来なかったし長く引きずってる。

こないだ書いた 浮気嫁の話だけど
旦那が精神ボロボロになったのは
「嫁によって起こる なんらかの不幸(浮気、死別)」を
想定してなかったからだと思う。
 人によってはその二面性の裏側すらも
 好意的解釈してしまう嗜好の人も居るけど。
 痛みが快感になる マゾヒスト、
 浮気されて興奮する 寝取られ属性、
 なんて呼ばれる人種。
 弱点が少ない、ってのは 長所なのかもしれん。

まぁ、基本的にその二面性の悪い方が
まさか自分に来るとは思わない、ってのが
一般的な見解のように見える。

僕はもうそんな風に思えない。
まさか自分に来るとは思わない、じゃなく
むしろ自分だからこそ来る、って印象。
どうせ仮に幸福を得ても
その二面性において悪い方が来るんだろう?と。


これはコンプレックスというか心象の問題だから
論理でどうこう出来そうに無いから
まぁ 運動とか生活習慣で変えるものなのかね、とか。
なんかそんな感じ。




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内 容 ニックネーム/日時
市井の人はすべて幸福になりたいと思っている。
当たり前の目標であり、幸福になろうとするのが当然という考え方が主流である。幸せを求めてないと言うと、「もうすでに幸せなんじゃないか?」と聞かれたりする。私の周辺の若者(男性)の希望は、安定して休暇の取れる職場を希望する人が多い。公務員など最高。

世間にとって幸福の定義は「すべての人が望んで、明らかに良い状態。」すなわち、他人が同意する幸福とは同じようなパターンがある。

そもそも世間の常識では、変わり者とは異常者に近い人。夢を追いかけて努力するのが正しい。

私にとって幸福とは、今日一日が満足していればそれで最高。明日のことも、昨日のことも考えないのが良い。
現実を忘れて将来の心配をするのが不幸。
あじさい
2016/01/02 20:37
「他人の不幸は幸せ」という人がいるが、そんな人の意見として「自分だけ不幸なのが耐えられない」という話を聞いたことがある。また、他人の不幸は幸福の基準を下げるので、相対的に自分の幸せ感が増すのかもしれない。
今の日本では幸せそうな人が多くいます。家庭が円満で食べ物がおいしければ、現状維持で改善は必要ないと考えるものです。そんな人は世の中の状態も関心薄いし、真意にも興味がない場合が多い。現状が満足であれば、本当のことに興味をなくす。不幸を自覚している人は真意を知りたがる。改善するには現実に立ち返る必要がある。
真実を知ることは、ある意味思考の領域を広げることでもある。領域が広がれば様々な見方が同時にできる。価値判断の基準は、自分でも気が付かないうちに変わっていくものである。緩やかであるが、上昇したり下降したりする。
ji
2016/01/03 21:56
個人的には、人と人の相互理解に勝る幸福はないと思う

愛し愛される立場に自分が居る
自分の事を、他人が自分のことのように案じて行動してくれる
自分もまた同様に出来る

その相手と家庭を持ち、家族を持ち、多少の喧嘩もあれど、価値観の共有、長期間の継続、子供の誕生や成長を体験出来たなら、本能から満たされるのではないだろうか
頭の中で理屈を捏ね回しても不満や不安は消えないけれど、本能から満たされる「愛情」というものには凄い力がある

もちろん悲恋や離婚もあるから一概には言えないけれど、人が生きる根源的な目的である子孫繁栄を諦めて、精神的に豊かな人生というのは難しい気がする
なんせ世の中にカップルや家族連れは溢れていて、嫌でも視界に入るから

余計なお世話かも知れないけれど、諦めず恋愛に向けて自分を磨いてみてはどうだろうか?

ふむふむ
2016/01/04 01:19
ふむふむさんの意見は、一般論としては正しいと思うが
おっさんの場合は難しい気がする。

一般論で愛情求めて家族を大事にしたいと希望する人は多い。求めても実現できないケースも多いし、その理由が本人ではなく他人で場合も少なくはない。
真意を極めたいと思った時点で、一般人(主流派)より外れていっている気がする。

女性は男性に、安定性とか着実な収入を求めるが、多くの人がそれを求めて競争が厳しく果たせないことも多い。
幸福を求めるのであれば、ある程度のことは目をつぶったほうが良いのでは?真意を求めると、不都合なことにも気が付く。知らないほうが良いこともおおい。
あじさい
2016/01/06 22:58
全員あじさいさんかと思ったけど違うみたいですね、はじめまして。
挙げられた一般的な幸福の例についてだけど。
一応僕にもそれが幸せだろう、って思う感性はあるし理想でもあります。ニンテンドーWiiやディズニーランドのCMで映すような幸せ家族みたいな。元々それが望みだったし。まぁ、無理だったけど。

結婚とかは諦めた、とか抽象的な言い方したから誤解させたけど モテないから異性が寄りつかない、って問題じゃなくて 結婚などによって発生しうるメリットとデメリットを統合して 僕(のような人間)は 結婚しない方がいい理由が多すぎる、と考えたわけで。

なんというか そのデメリットの 対極となる捉え方、好転させる要素、「こうすればいい」「こう目指すべき」ってのは他者に言われるまでもなく自分で挙げること自体はできる、けど その一件に関しても別のあらゆる問題が網のように絡んできて そこだけ解決すれば済む話ではない、みたいな。

つまる所 それを好転できないのは自分の力量不足に行き着く、努力すべきってのも一応視野には入れてる。
あとは怠惰や興醒め(あぁもういいや、いらね。って気持ち)によって 幸福を目指そうとする僅かな気持ちが無くならないように意識し続けることですかね。
おっさん
2016/01/07 22:58

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