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zoom RSS 善意とニーズと感謝の話

<<   作成日時 : 2016/01/14 18:26   >>

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真理の究明の観点において
わりと初歩の段階で意識するのは
善悪の概念だと思う。

幼少の頃から 善行 の概念を教わり、
中学辺りで 偽善 の概念を知り、捻くれた見方をし始め
高校以降で 偽善になりうる善行についての 裏の取り方。
まぁ、「こういう理由で自分の善行は偽善ではない」と
どう説明するか、を考えるようになって。
その後 因果 の概念に着手しつつ
行動の意図、相手の受け取り方、因果関係などを考えて、
おめでたい教えによって植えつけられていた
「善行はするべきもの」って刷り込みが薄れ、
「善行はするかどうか自由」と変化。
前提そのものが本来あるべき ゼロ に戻ってくる。




「天」って麻雀の漫画があって。

ひろゆきという青年が 住む部屋を
天という中年に貸して貰える。
が、間もないうちにひろゆきの所有物のほとんどを
天に持っていかれる。

天は悪意があるわけじゃなく
足りないものは仲間同士互いに分け合う、って考えで
仲間のホームレスにひろゆきの物を勝手に分配した。
あと 天には彼女が2人いて、浮気じゃなくて
彼女同士も了承というか 互いに仲良くやってる。

まぁ、天、彼女、ホームレスを中心とした
一般社会から離れた独自の価値観のグループが形成されてた。
(競争や権利や成長より
 いわゆる下町人情や温もりを重視した感じ?)
その天やホームレス仲間は
ひろゆきの主張、一般論に対しゲラゲラ笑って聞く耳持たず
普通に一般社会人の価値観であるひろゆきは
怒ってグループから出て行く。

客観的に見て どちらの価値観が間違ってる、
ってわけじゃないんだろうけど。
強いて落ち度を言えば
天がその場所独自のルールを前もって
新入りのひろゆきに説明しておかなかったことか。

マイナー(少数派)の不都合に耳を貸さない、
自分によって起きた他者の不都合に興味を持たない、
という 捉え方によっては一種の悪、ってのもある。
勿論 天には悪意や悪気は無い。

ひろゆきの価値観のニーズが合わないってこと。
それゆえ不都合を感じたって話。




昔 法律相談所で見たVTR
高校生男子A、その友達の男子B
Aが思いを寄せている女子C。

AはCと話したり眺めたりできるだけで満足。
それ以上は望んでない。
Bはそれを見て、よくない、
気持ちは伝えるべきだと説得するが
Aは上記の理由の通り その気はないと。
で、痺れを切らしたBは勝手にAの名義で
自作のラブレターを作り、Cに届ける。
Cはそんなつもりはない、と
怒ってAと口すらも利かなくなる。
AはBを問責するが、
Bは「お前のためを思ってやった!」と
あくまで自分が正しいと主張。

今の価値観で見れば独善的なBに失笑ものだけど。
 僕は基本的に中立だけど
 いざ誰かに肩入れするならA派。
 Bの価値観も分からなくはないけど
 誰かを悪いと言うなら Bが悪い って感じ。
 実害受けてるのAだけだし。
まぁ 答えを作りきれてない若者は迷走しがちだったりする。
法律番組だから「他者の名前を騙ったことが罪になるか」
って所に着眼されてたけど。
この場では心境などを論理的に見ていく。




ネットの掲示板で見た 恋人に冷めた理由集の一つ。
彼女が 焼き鳥を勝手に串から皿に移したり
彼氏の注文したコーヒーが来るや否や
自分の手元に引き寄せて砂糖とミルクを入れかき混ぜたり
中華料理の回転テーブルの料理を勝手に取り分けたり、
やめてほしい、と言っても これぐらいはさせてよと。
いい加減うんざりして別れを切り出したら彼女は
「あんだけ尽くしてやったのに!」と。

まぁ彼女のおせっかいを 一線越えとして判断せず
じゃれ合いのようなノリであしらったり
威圧的に拒否してみたり、
捉え方や対応の分岐点を見つけて色々試せば
関係を切らずに済むパターンもあっただろうが
最早そこまで譲歩してまで関係を保ちたい相手では
なくなってしまったんだろう、という
まぁどの道 因果やな。

「確かにそれはうざい」「相手のニーズに合わせろ」
って声が多いコメントの中 一部だけ
「自分なら いい人だなぁと思っちゃうわ。
 人それぞれだな」ってのもあった。




善意、とはちょっと違う話だけど。

巨漢のマッチョ(自称)が 満員電車で
モヤシみたいな優男がパズドラやってるのを見て、
そのスマホを横から指でグリグリやったら
「や、ちょ…!」とか言って睨み付けてきて
次の駅で降りていった、と
笑い話のように書き込んでて。

素で気持ち悪いと思った。
コメントも9割方非難なんだけど
一部だけ「お前面白いわw自分なら笑う」って。
人によって違う捉え方する人も居るんやな、と。



男が縁日で、お好み焼き屋に行ったら
店員の娘が 格闘技やってるとかで
「私と勝負しない?負けたら5つ買って。
 男ならそれぐらい食べれるでしょ?」
とか言ってきて。
やんわり断ろうとしたら拳を顔の前に突き出してきた、と。
そんで頭にきて訴えて、後日 家まで
その娘が親ぐるみで謝罪に来て、
「格闘技は精神を鍛えるとか聞いたけどデマですね」
と言ってやった、と。

普通に読んでたら なんか悪質な女やな、と思うけど
見え方次第じゃ まぁそんな悪いように見えないし
もしかしたらかなり遠まわしなアプローチかも、
ってのは推測が過ぎるか。


どんな物事も 捉え方次第なんやな、って思った。
ただ、いくつか言うなら
相手のニーズに合って初めての”善”という捉え方。
強い方(多数派)の価値観の基準に
弱い方(少数派)が合わせられる、という事実。





さて まぁ大きく4つに分類すると

伝達側が 善意か悪意か
される側が 好都合か不都合か。

1:○×○ 善意によって 相手は好都合になる。
2:○×▲ 善意のつもりが 相手は不都合になる。
3:▲×○ 悪意のつもりが 相手は好都合になる。
4:▲×▲ 悪意によって 相手は不都合になる。

実際はこんな単純じゃないけどな。
互いの印象(相手の人間を 好き(普通)か嫌いか)、
建前と本音(あくまで善意である建前の悪意だとか逆も然り)
一般的感性(一般的にはどちらとして解釈されるものか)
当人の価値観(一般的や相手との嗜好が違えた場合)
宣言(その価値観、嗜好を前もって言っておいたかどうか)
だとかまぁ
色々付加されるけど ひとまずはこんな感じで。


本来 伝達側が望む形は1か4。
受ける側が望むのは2か3。
でも嫌いな人間からの1だと それ自体が2になり得る。



「悪意、害意に対する感謝」という概念がある。
当時は恨んだが、今となっては結果的に後学になった。
なので感謝している、という。
親や教師の叱責など、ストレートなその考え方は
2を1に転換するパターン。
あとは普通の悪意を、自分の成長の糧などに出来た、など
4を3に転換するパターン。

けど4を3、の場合は皮肉のような意図がある場合もある。
まぁ悪意を向けた側にとっては
意図と結果の不一致になるんだから。

でも皮肉にすらならない場合だってある。
悪意に対して感謝の意を伝えたら
相手(加害者)は本気で「自分の功績」と解釈することがある。

自分の本心と違える主張は心苦しい。

精神的な器量が高ければ
皮肉の意味での 本意と違える主張をすることは
心苦しくも感じなくなる場合もあるけど
器量がそれに伴わないうちに
無理して「感謝してる」とか言う必要はない。




テレビで知った海外の話なんだけど。

お婆さんが酔った男に襲われて頭を殴られた。
病院へ運ばれて、検査されると
実はガンが出来ていることが分かり、
早急に対処し、取り除けた。
検査しないままだったら
間に合わなかったかもしれなかった。
当人いわく
「あの男は許せないけど
 殴られたからガンを回避できたのも事実。
 複雑な心境」らしい。


ある時計のブランドの社長が
強盗に襲われ、時計を奪われる、という事件が起きた。
社長は 怪我をした顔を写真に撮って広告に使うことにした。
キャッチコピーに
「人はこんなことをしてまで○○社の時計を欲しがるのだ」
という分を添えて。

番組の司会者の神介さんいわく
「マイナスをプラスに変える才能」と称された。



ガンの発見は なるようになった結果で
広告への起用は 社長の閃き、機転であって。
原因に感謝をする必要はない。
まぁ、感謝はするかどうかは当人の自由で
結果次第でしなきゃいけないものではない。
ってのが僕の考え方。




自分の身に起きた事について。
以前「先人からの叱責」の話をしたときに書いたけど。
感謝してない。普通にむかついてる。

先人の言ってることが正しいということと、
先人が僕に威圧(恐怖政治)や
非難(尊厳を踏み越えたこと)をしたことは別。
あからさまに僕が世間や相手を舐めてた、
ふざけてた場合は叱責されるのも仕方ないが
無知や失敗、見解の相違の場合については
反省はするが 相手への見方は別。
「もっと他に言い方があるよな?」ってこと。

親や教師などの先人に限らず 同期や
コメントによる見知らぬ人からの非難とかも。

悪意に感謝はしない。
結果的に良くなったとしても
不快感 から 成長の糧 に転化させたのは
自分の努力なんだからする必要はない。

けど、認めるべく所は認めないと、
自身の人間性、器量だとか
周りからの印象や評価を下げるし。

僕の答えとしては、
その件自体には感謝しないが
別の要素で感謝できる部分を見出して帳尻を合わせる。

例えば 親に対して。
虐待まがいのことをしてきて
散々苦しめてきたことには憎む。
代わりに学校、衣服、食事、娯楽の提供を含め
苦心して育ててもらった事実には感謝してる。

過去にコメントで来た非難とか
僕と違う自分の価値観を持ち出して
人格否定や 攻撃してきたことには憎み、というか
普通に気分を害してる。
代わりに僕の記述を読むこと、意見することに
わざわざ時間を割いてもらったことには感謝しておく。
 非難が 色々考えるきっかけになった事実もあるし。

といった感じ。


結果については 自分に向ける。
 好都合になれば 自分の成果
 不都合になれば 自分の落ち度
 (後者を意識するのが中々難しいけど)

善意には感謝、悪意には怨嗟。

まぁ、これらも自分の精神的器量が伴うことが前提で
それが足りなければ、
不都合に対して 自分以外から要因を探そうとするし
善意であろうと自分のニーズが違えれば恨む。



器量に余裕があれば、
好都合に対して他者の成果だと意識するし
(元々僕は非力で謙虚な人間なのでこれは難しくない)

自分に対する悪意をわりかし
普通、当然として捉えるよう心がける(許容する)。
 この辺は 大前提としての考え方のスタンスを
 道徳より因果の観点(人は他人を出し抜くのが当然という)
 を重視しておけばそれほどは難しくなくなる。

 けど 代わりにデメリットもあったりで。
 特に器量が乏しいうちにこういう考え方をし始めると
 (悪意を向けられることを)されるのが当然、というのが
 他人に対して 同じように して当然、という風に。
 「他人が自分に悪意を向けていいなら
  自分が他人に悪意を向けるのも当然だろう」と
 考える、意識するってレベルじゃなくて
 前提として刷り込まれたりする、っていう 危険もあって。


社会が 調和の意思にある中で
器量の乏しい上に 因果を重視した人間は適さない。

こういう考え方の人間を発生させないために
社会は 民に
「おめでたい教え」を刷り込もうとしてるのかもな、とか。
(実際そんな上手くは いってないようだが)
そんな風に思ったり。


まぁ飛躍したけど。
各々が器量を上げる努力が大事ってのと
感謝をする条件は 各々が好きに決めていい ってこと
後はまぁバランス。そんな感じで。




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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
拝見しました

上手く言葉が出てきません
なら書くなって話ですが…

過去のあなたが未来のあなたの足枷になっていると感じます
最もそれは他者があなたに対してした事のせいなのかもしれませんが…

苦しみが苦しみを生む循環の中に身を置かれているように感じます
過去の苦しかった記憶を与えた出来事や相手が、ずっとあなたの中では生きているのでしょうか…

楽天的になろうとか、そんな事ではなく、過ぎ去った苦しみが新しい苦しみを生む連鎖から逃れられることを願っております
記憶の中の過去の苦しみが、さらなる新しい苦しみを生まないことが、精神的に成長するという事でもあると思います
今までも、これからも、あなたにとって大切なことの一つに、過去に起きたことから連鎖的に物事を追求するというものがあるのでしょう
ゼロから一を生み出す方が多くの苦しみを伴うわけですから、人はやはり楽な方に流れますね
ふむふむ
2016/01/15 01:17
人間社会ではトラブルも誤解もつきもので、ある程度は避けられないのですね。
「ありがたい教え」が良くない側面が多いことは理解。

執着心は少ないほど良いと思っています。過去に関しては水に流すようなこと。未来に関しては不安を低減する。捉え方で解釈の仕方が心地よいものにも、いやな解釈にも多様であるが執着が少なければ川に浮かぶ水の泡のように消えていくもの。過去ー現在ー未来という観点では、今が最も重要だとも思う。現在に熱中していれば過去も未来もこだわりが少なくなるはず。
あじさい
2016/01/15 07:22
あぁいや 僕の経験自体は一例として挙げてるに過ぎないのでそんなひきづってるつもりはないです。
「(悪意であろうと)感謝はしなければいけないもの」っていう刷り込みはもう既に外れてるので。その解釈が今回の記述、みたいな。

過去の非難コメントも考えるきっかけにはなったし自分も大人げなかったと反省点を見てるし 今後批判が来た際にどう対処するか、というのも色々見つけることが出来たしで そういう意味では感謝 みたいな
おっさん
2016/01/15 14:32
もっと前向きな文章が綴れるようになると良いですね
ふむふむ
2016/01/15 19:01
風呂上がりの脱力感
あじさい
2016/01/15 23:29

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