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zoom RSS 正論を言うばかりが正しいわけではない 相手の器量の限度

<<   作成日時 : 2016/01/17 18:30   >>

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漫画「イカ娘」で
みんなで英語の勉強をしよう、って回があって
弟達はみんな上達してる中
長女一人だけが出来なくて 怒って
「もうここでは英語禁止!」と理不尽な御触れを出した。

こういうシチュエーションにおいて
自分がその場に居たらどう言うべきだろうか、と。
自分がその長女に比べて
年下、同期、大人、いずれかの立ち位置において。

論理的にその発言を否定して取り下げさせる、
ではないな。
自分の器量に余裕があるうちは、
相手の言動が行き過ぎてないうちは、
ある程度は相手の我侭に合わせてやるのも手だったりする。

正しさを考えていくうち、最初のうちは
論理を用いて発言や決め事を否定、論破することが
何より正しいと思ったりする時期もあるけど。
中学、高校の頃なんか。




2ちゃんで読んだ話なんだけど
とある社員Aが通勤中に痴漢に間違われて、
危うく冤罪になりそうになった、
おかげで遅刻した、って話。

そのAの怒りは収まらず、会社で
女性全般を非難する主張をしだして
一部の男性陣がそうだそうだと同調。

で、男性の一人Bが
「そもそも痴漢冤罪は
 痴漢する男が居るのが原因だから
 男の方が悪い。」と意見。

それでそのAとBが言い合いになって、
段々エスカレート。
その中で また別の男性Cが
「そこまで女を悪く言うなら嫁持つのもおかしいだろ」と意見。

そんで、Aはその意見を真に受けて
帰って嫁に離婚を言い渡して
その嫁が Cに文句を言いに来た、といった修羅場。




痴漢に間違われて頭にきて
まともな精神状態じゃないときの
怒りを晴らしたい主張に
正論を用いて否定することも無いだろう、と。
(あるいは職場でのAの主張が
 ”行き過ぎ”なものだったのかもしれんが)

怒りの対象を 女性全般まで肥大化させる、
(何が悪いかを細分化出来ない)
って時点で 元々のこの男性Aの器量が乏しすぎたのか。

まぁ 本人からして 冤罪かけられかけた同情で
強い発言が許される範囲にも 限りはある。

周りからしても その人が正論を
受け入れられる器量には 限りがある。

上手く言えてるか分からんけど。





僕に 弟が生まれたばかりの頃
弟によって僕に発生する不都合に 親は
「お兄ちゃんなんだから我慢しなさい」と
言ってくるタイプの親で。

長男、といえど4,5才そこらの子供に
自分の権利を他者に無償で譲るほどの器量を
持ち合わせているはずもなく。
(あるいは その無理な押し付け自体が 教育だったのか)
 6,7才差ならまだな…。


小学校低学年の頃の男子は一部
女嫌いな者も珍しくないと思う。
今では考えられんが僕もその一人。

女性が優遇されるべき、といった認識が
自分が器量を満たさないうちに植え付けられていた。
要は ふざけんなと思ってた。

要因としては多分 母親が半分近くを占める。
クラスのYさんって女子の 母と仲良くなって
母同士で話し込んでる時 車で待ってた僕を呼び出して
路地に落ちたYさんの帽子を拾ってやれ、とか言ってきたり。
(小一の子供の体格には難しいし そもそもやる気が無い。
 ちなみに知らないおじさんが拾ってくれた)

給食当番では牛乳運搬が一番重いんだけど
20本入るケースが2つあって、二人一組で、
31本ぐらいをそれぞれに分配して運ぶ。
基本 15,16本ずつなんだが
僕の母が 僕に20本運ばせた。
(むかついたので戻す際はYさんに20本運ばせた。
 まぁ中身がない分軽いはず)


母の主張としては
「男は女の子には優しくしなさい」とか
そんなんだった気がする。
ママ友の前で格好つけたかったんだろうが。

 今思えばYさんって顔整ってて美人だったな。
 中学生の頃「ちんこ星人」とか言い出したけど。


なんだろうな。
精神的器量があまり無いから、女性が優遇されると
男である自分が卑下されてるような感覚になる。

器量が高く、余裕があれば 自分以外に奉仕しても
卑下されてるとは感じない。

器量の足りない人間に その当然を押し付けても
劣等感が上乗せされるだけで。

正論を言うにしても 相手がその正論を
受け入れられるだけの器量を持ち合わせてるかどうかを
言う側が見定めたりしないと。
(まぁ単に攻撃したいだけなら別だけど)


流石に今の僕ならレディファーストとか
女性優遇の意識は持ってはいる。
(その価値観を実証する機会は残念ながら無いが)


正論(あるいは奉仕、相手の都合)を受け入れる器量には
人によっては限度がある。
自分の尊厳が守られていると 確信してないうちに
奉仕の概念ばかりを押し付けると、
まぁ価値観捻じ曲がったりするかも、って話。


まぁこれが
相手の器量について
正論(と思ってるもの)を言う側が 見定めるって話。
特に子供の教育とか。

次は 器量の話を論点に携えて
視点を別にした例を挙げる







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内 容 ニックネーム/日時
取り戻せない物へのこだわりに囚われて前に進めないのよな

過去を振り返ることに大きな意義はあるけれど、じゃあ死ぬまで振り返ってるのか?と、なれば、振り返ることが人生になってしまう

新たなスタートを切るには当然若い程良く、どこかで区切りを付けないと振り返るだけの人生になる
それこそが親の呪縛なんだけれど、こだわりや恨みが強い程その呪縛から逃れられない

前に進むため、自分をより良くするための思考の材料として過去を使っているつもりが、気づかない内に重い足枷になっている
それに気付くのは取り返しの付かない年齢に到達した時

親の躾って良くも悪くも本当にすごいものだね
三つ子の魂百まで…じゃないけど、離れたいものに固執する程に、離れていてもその存在に人生を犯される

じゃあ、その存在と過去から来る呪縛をいつ払拭するの?

そりゃあ今でしょ!

ふむふむ
2016/01/17 21:28

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