風呂上がりのおっさんの脱衣場ブログ。

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zoom RSS なぜ勉強するのか

<<   作成日時 : 2016/05/21 01:09   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 5

僕はこの国の教育に関して遺憾に思ってる所がある。
 この国の、なんて形容するが
 もしかしたら そんな大規模なものでなく
 ほんの一部でしか発生してないのかもしれんが。
 自分の視野で見た限りでの考え方なので。

勉学にせよ思想にせよ。
何故こんな風に教えるのか、と。


教育を語るにあたって まず問題は
僕自身が 教育を「受けた」側のみの立場であるから。
僕が教育方法を否定することは
自分の人生の不都合な結果を
教育のせいにしてると解釈されかねない点。

まぁ、例えば 万引きした人間が
店のセキュリティの問題を指摘するような。
セキュリティの穴を実証した人間の言葉だから
本来は説得力があるはずなんだけど、説得力は低い。
何故かと言うと、聞き手の感情を逆なでするから。

自分の罪を棚に上げて、問題点を相手に移して
自己を正当化しようとしている意図が仕組まれている、
と解釈されたりする。
伝達側(万引き犯)の本心はどうあれ。


詐欺や空き巣をテーマにしたドキュメンタリー番組なんかで
元 実行犯が 被害者の隙などを語ったりするけど。
これは特に神経を逆撫でされるようなことはない。
この場面で問われてる、着目するのは
被害者の隙、犯行の手口の一例であり
その元実行犯個人の人間性ではないから。


まぁ、僕がこれからやるのは多分そういうことだから。
下手したら 自分の人生の失敗を教育のせいにしてる、と
解釈されかねない。
僕としては自己正当化の為にやるわけではないので
内容をストレートに読んでほしい気持ちがある。

だから伝達力を極力高くするために
まずは自尊の切り崩しから始めるけど。
僕は自分は生まれてくるべきではなかった人間だと思ってる。
自分の捉える限りでの観点、前提、価値判断に基づいて
統合的に見て出した 現状での結論。

親、客観での視点、教育の観点からしても
何も努力しないし家でゲームばっかしてる
友達も作らない上卑屈な僕って
子供としてハズレ ってかゴミ。
進研ゼミ2回やらせてもらって
どっちも途中でやめちゃってるし
塾や家庭教師つけても向上の兆しは見せなかった。
母親のヒステリーは僕がそうさせてしまったのもある。
まぁ僕みたいな子供育ててたらな。
僕が親の立場でも殺したくなるもん。
生まれてこなかった方が良かった。

それなりに観念備わったつもりだから 悲観は無くただ冷静に。
極端な自己否定を公言して
相反する意見を誘いたいわけではない。
(逆に、観念の備わってないような中高生が
 こんなこと言ってたら それはSOSだと捉えていい)

こう言う目的としては上記の通り
自己正当化の為に教育を否定するわけではない という念押し。
まぁあまりこの辺深く語ると ここに着目されてしまうから
この辺で切り上げて本題に入るけど。




思想、道徳教育については今後に回すとして
今回は勉学について。

10代の頃の僕と同じような価値観に到る人間が
他に現れるかも、ってのを前提として。

教育を自分への悪意としてしか解釈できなかった。
勉学、受験、資格 全てに辟易としてた。
仕方なくやってただけ。



中学の頃の進研ゼミの漫画で
主人公が間違った勉強方法をやって、講師に
「お前は受験生失格だ!」ってツッコまれ、
改善する流れが恒例だったんだけど
僕はむしろ失格で構わない、なりたくもない って感じだった。

というかこの手の漫画って 学生が
得意不得意に関わらず 勉学に勤しむ姿勢が
当然と言う前提で描かれてるから
そもそも共感が出来なかった。
胡散臭い。
学生のあるべき姿、として 読み手(現実の学生)に
刷り込ませようとしてる意図が見えた。



去年「怠惰」を擬人化したキャラクターで
「サボロー」ってのが話題になった時の誰かの引用だけど
そもそも勉強を退屈でつまらないもの、って
思わせてしまってる時点で駄目。

勉強が「苦手」なんじゃなく「嫌い」なんだわ。
当時の僕は。
面倒くさいし する意味が分からない。

学生が楽しく勉強できる、勉強しやすくなるような
ゲームのような教材を作ってみたり
成果が出た場合へのご褒美、とか出す以前に。
まず教育が目指すのは”勉学”に対しての
ネガティブイメージの払拭、
好意的解釈への啓蒙だろうと考えてる。

そこが分かってない時点で今の教育は 駄目。
何やっても無駄。


何故勉強”しなきゃいけないのか”って疑問に
納得させられるか。

しなきゃ、って思ってる時点でもう
勉学に辟易としてる、不信感を抱いてると察するべき。



「どげせん」「謝男」っていう
土下座で何でも解決してしまう教師の漫画がある。
いじめ、淫行、自殺、不登校なんかも土下座で解決してしまう。
実際こんな上手くいくもんかよ、って内容ではあるけど。
 それを突っ込んだら教育ドラマ全般、もとい
 状況が好転する結果になる
 フィクション作品ほとんどに言えてしまうけど。

人は責任を問われたら 結構
全てを自分の落ち度だと認めることは出来ないものだけど
この主人公はそれをやってのける。

相手に謝罪を求めて 相手がその落ち度を認めたら、
その後残るのは結局 自分の不都合だけで。
その不都合の解消は 結局自分しか出来ないことだと気付かされる。

勉強に辟易としてサボりだした生徒に
「お前の成績が悪いのは誰のせいだと思う?」と問う教師。
「どうせやる気の無い俺が悪いんでしょ」って生徒。
実はそうじゃない、と語る教師。

『学ぶって実はオモシロイ!』

知る喜びを気付かせられず 君に勉強を”嫌わせた”。
これは教員の罪だ 代表して謝罪する。

そんな教師に反抗して
「勝手に責任とってんじゃねぇ!」と
職員室の先生達に頭下げに行った。


こんなこと言う先生居ないわ。
教育指導はするが 享受できるかどうかは
生徒のやる気次第。
やる気がないなら最悪勝手にすればいい。
どうせ自分が困るだけだから ってのが大概。

僕は別に困りはしてないけど。
ただ、残念 勿体無いなとは感じてる。

学ぶ面白さ、大事さ、気付いたのは20代になる前後。
どうせなら勉学に特化した義務教育の時期に気付きたかったが。
先人達は気づかせてくれなかったな。

 いやまぁ 僕も齢とって観念備わってくると
 かつての大人達の観念の程、度合い、程度が知れてくる。
 あの大人達がそんな小難しい心理操作やらなんか
 出来るかと言うなら、まぁ 無理やな。
 持たぬ者にねだるべきではない。
 僕が悪かったわ。


「将来 いい学校に行けて いい会社に入れる」
とか言われてもな。
おおっ・・・! てならない。
はぁ・・・ って感じで。


3年前、僕が意識し始めたことは
人のせいにしないようにすること。
責任、落ち度を自分から見出そうとすること。

そういう認識に慣れてきたら
今度は他人の無責任さが見えてくるようになった。
相手の方の責任、落ち度にしようとする姿勢。

そこにある不都合が誰のものか、やな。


次に、理解してもらう、周りが理解に務めて当然、から
自分が理解させる、ってことを意識するようにした。
個人は本来 別の個人を理解してやる義務は無い。
理解されないことが不都合であれば
自身が伝達力を高め、意思疎通を試みるべき。
自分に肩入れ、共感などをしてもらうよう仕向ける。
自分にその価値があるように解釈させる。


「こんなの学んでも将来役に立たない」じゃない
役に立たせられるかどうかはそもそも自分次第。
役立てることが出来なかったとしても自分が勿体無いだけ。
教師の知ったことではない。

子供の頃は 享受する(させられる)立場に慣れてるから
そういう考え方を持つのは難しいけどな。



数年前、ハッキングに興味を持ってたとき
「3分でできるハッキング入門」みたいな本を買った。
全然分からなかったけどな。
「簡単に出来る」ってのは前提として
最低限、プログラミング技術を持った人に向けた本だし。


あまりに当然になっているから気が付かない、
隠れた前提となってしまってるものは周りにいっぱいある。
「本」も含め、あらゆるメディアは 
「母国語、文字を読み書き出来る」ことが前提として必要。
大概の人間はクリアしてる。

まぁ、それを楽しめるかどうか以前に
そもそも理解できるかどうかは
基礎となる技術を自分が持ち合わせていることが前提。



僕は英語とプログラミングに現状興味があるけど。
理由はいくつかあるけど 一つ挙げるなら
使いこなせる人間に憧れてるから。
自分が無知、不得意なことをやってのける人間には憧れを抱く。

「賭博覇王伝 零」や「予告犯」で
計算が苦手な人間が 得意な人間のそれを見て
「すごい、魔法みたいだ」と言ってた。

「レイトン教授VS逆転裁判」で
論理と言葉だけで人の解釈を変えてしまう主人公に
「まるで魔法のようだ」と驚いてた。

まぁまさに 魔法と形容してしまえる。
使いこなせる側からすれば何てこと無いことなのかもしれんが。
それに、少しでも着手すると 何となく仕組みは理解して
それは魔法ではなくなる。
まぁそれでも憧れの気持ちは残る。

 銀魂、図書館戦争、進撃の巨人 なんか読んでて
 政府とか官僚のような言葉の言い回しとか。
 すげぇ、こんな複雑な台詞回しや文章表現
 自分が書けるようになるだろうか、と思った。
 まぁここ数年で進歩はしてると思ってはいる。


 魔法のように見える、って観点で特にそう感じるのは
 魔術、手品 マジックやな、と思う。
 「魅せる」ことに特化した技だから。
 身体能力の類は、見ててすごいと思ってても 一応
 人間の技術の強化の延長線上にあるように見える。
 マジックは物理法則すらも無視してるから。
 タネを知ってる本人にとっては
 そこまでではないのかもしれんけど。


文字の読み書き、発生を用いた意思疎通、
直立できないはずの自転車の操縦、
キーボードの素早いタイピング、
この辺は大概出来て当たり前だけど。
これでも学んでない国の人から見たら 魔法のよう、なのかも。
まぁ文明の進んでない、それを学ぶ文化が無い国まで
引き合いに出してもしょうがないけど。

まぁ日本で 一定の年齢層で
これらの技術は最低限身に付けて当たり前のものとされてる。

まぁそっからの派生で どんなジャンルを目指していくか。
考えてるものを形にする、物語や思想を読み解く、考察する、
そういった面白さを知るには
根元として共通認識とされてる
基礎的な技術等を身に付ける必要がある。
そうさせるのが義務教育とされてるもの。

どうせやるなら前向きに取り組みたかったな。



思想教育に関しての憤りに関して、
あと教育、啓発、注意、指摘などにおいても
実は罠のようなものがあるんだけど
それらはまた今後いずれ。


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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
バカが深く思考するとろくなことが無いというが、まさに見本のような文章だったな

とにかくまずはたくさん本を読んで文章の書き方を学んだ方がいい
読みにくいったらない
ふむふむ
2016/05/23 08:32
本と言っても漫画以外の本ね
ふむふむ
2016/05/23 08:37
大部分の教員は金もうけの手段として教師をやっている。一部の教師は生徒に勉強の楽しさを教えたりするが、自分の経験では1割程度が実態であった。教師に限らず、現実社会では利己的で信頼置けない人が大部分で、良い人は少数派。

人間は周囲の環境に染まりやすい。仲間が餓鬼なら自分も餓鬼、盗賊の仲間に入れば俺も盗賊、カメラ小僧の集団では盗撮も当たり前。

大部分は何も考えずに周囲に調子を合わせてリアクションを楽しんでいるだけ。
あじさい
2016/05/24 21:34
>ふむふむさん
アッハイ
>あじさいさん
教員って休みも無い上に儲からない、っていう勝手なイメージがあるんですけどね。志が高いわけでもないように見えるのになぜ教員になったんだって感じの人は多かった。あるいは元々はあったけど折れたとか
おっさん
2016/05/24 23:23
楽して収入多い人たちの多くは、世間体を気にして、低収入で忙しそうに見せることが多い。教師、市役所の職員の多くも同様である。子供たちにとって接する大人の大部分は教師であるが、世の中の平均と比べれば、真面目で誠実で成績の良かったエリートが多い。子供たちは現実を甘くとらえがちであるが、社会に出て現実を見ると、世の中の大部分がブラックで嘘つきが多い現実を知ることになるだろう。子供たちが幼稚園で、甘い理想社会を教え込まれて、できもしない理想、夢を与えられる。教師自身も社会の甘い部分しか知らないので、実社会の実相に気が付かないのであろう。
あじさい
2016/05/25 07:08

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