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zoom RSS 自信は○○の裏返し  +友達とは

<<   作成日時 : 2016/08/14 11:54   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 2

人間のネガティブな心理をリアルに描いた作品
漫画「モンクロチョウ」
映画「ぼっちゃん」
で、似通ったセリフがあった。

「自分は彼女が居たり 友達と遊んだり
 充実してる。だからリア充だ、大丈夫だ。」


何が「大丈夫」なのか?
誰と戦ってるのか?

そこを意識するってことは逆に
今まで自分が「それ(リア充)」でなかったことに
コンプレックスを抱いていた、ってことじゃないか、と。

人が幸不幸を判断するのは「比較」で
その対象は 過去の環境か、
あるいは周囲の人間だったりする。

それがコンプレックスとなった発端は

・それを自信としてた周囲の人間に
 その基準を元に卑下された
 他人からの悪意を受けた、周りの人間に責任がある。

・周囲の人間がそれに恵まれていて
 自分がまるで劣ってるように感じた
 他人は悪意を向けてきてない、周りの人間に責任はない。

 まぁその「責任」の基準も人によりけりで
 それを持ってることを鼻にかけたりしなくても、
 自分に見せてるだけで充分駄目。
 「それに恵まれない人もいるんだから
  見せないように気をつけてください!」と言う人も居る。
 「繊細チンピラ」ってやつ。これは論外。



ツイッターでたまに聞く話だけど

「リア充が自分に
 『なんで彼女作らないの?』と言ってきた。
 作らないんじゃなくて作れないんだよ!
 お前は飢餓で苦しんでる人間に
 『なんでご飯食べないの?』とか言うのか!?」

っていう。


このリア充の質問が「皮肉」でなく「本心」だとして
推測を上げるけど。

リア充にとっては 友達、恋人、遊ぶ環境は
あって当然、できて当たり前で、
それを持たないという選択をしてる人間に対し
「そういうものを持てない人」を認知しておらず、
素朴な疑問として投げかけた。

まぁ このリア充から見て 一人で居る人は
「仲間を作る」「孤独でいる」の
2つの選択があって、自由に選ぶことが出来るのに
あえて後者を選んでる、って思われてる。


まぁ実際、一人で居る人は
好んで後者を選んでる人は少なく
前者になるのが困難で、後者を選ばざるを得ない、
という人が多いと思う。
当人の自認の有無はともかく。



選択者が 選択肢に対して
難易度、格差を見出しているかどうか。


まぁ例えば先ほどの例を挙げれば
「仲間を作る」という選択には
社交性、発言力 などの能力が必要で
それが慣れている人なら容易い、が
持ち合わせてなければ不可能 ってことはないけど
「勇気」とかが必要になってくる。

 まぁ解釈を変えれば逆に「一人で居る」ことの方を
 難しい、格上の選択 に見ることも出来る。
 精神的な強さ、流されない心など


社交性を当然のように持ち合わせてる人間は
その選択に難易度を見出してないから
優劣も付けてない、だから素朴に疑問を持つ。
「自分と違う選択をした人間」への興味。
悪意は無い。


まぁ、社交性がある人間(リア充)にも
その辺の選択に優劣があることを
理解してる人も居る。

一人で居る人間に率先して手を差し伸べようとする人や
一人で居る人間を見下す人。

まぁ、先程
「一人で居る人は 好んで一人を選んでる人は少なく…」
と書いたが あくまで全員そうじゃなくて
少数だと思う、ってだけで。
本心から一人で居ることを希望してる人も居ると思う。

そういう人にとっては 上記の例は
前者は 余計なお世話、ありがた迷惑、
後者は 的外れ
に見えたりするかもしれん。

「両方の価値観を理解してる人間」なら
前者は善意として汲み取り、
後者は 心の弱さとして解する ことができるかも。





小学生の頃 僕は友達居なくて一人で帰ったりしてて
周りの人間は大勢で帰ったりしてることに対し
特に それに比べて自分は…とか 何も感じてなかったが。
友達作らないことを散々親に責められたせいで
その辺に関して劣等感、恥、不安を植え付けられた。
(まぁ 一般的な価値観や風潮に従い、
 共通認識を植えつけようとする行為自体は
 まぁ当然っちゃ当然だし
 その認識になった上で改善、努力しなかったのは僕だが)

数年後、高2になった頃に
何故劣等感を感じなければならない?そもそも友達って何?
と思い始めて それほどコンプレックスでは無くなってきた。

で、その頃になって 当時のあるネット友達が口論の際
脈略も無く「そんなんだから友達増えないんじゃないの?」
と言ってきて。


もしかして「友達が少ないこと」にコンプレックスを抱いてたのは
僕以上に こいつの方なんじゃないか、って思った。

こいつは「友達と遊んで楽しかった」って話を
SNSの日記で書いたりしてた。

それ自体が悪いことじゃないけど
純粋なリア充って 友達と遊ぶことは日常的だから
いちいち日記に書いたりしない。ってイメージ。

こいつは純粋なリア充じゃなくて
コンプレックスをバネにしてるタイプのリア充だってこと。

まぁ その認識を当然とした上で
「劣等」である人間に対し
見下す(優位性にあぐらをかく)って対応をする人間になったのは
まぁ 弱さなんだろうな。
 口論中だから攻撃的な思考に繋がったのかもしれんけど
 こいつは普段の言動からも器量の乏しさが見て取れたから
 きっとこれが本心で素。



「友達の有無」は現実で既に 優劣の認識が定着してるから
仮に例え話をするとしたら。


たとえば 赤 と 青 の2種類から好きな方を選べるとして
赤を選ぶことが正しい、人道的な選択で
青を選ぶのは劣等、妥協した選択、といった
イメージが 当然の風潮になったとする。
 理由なんかいくらでも作れる。
 赤は情熱、明るい、前向きな人間は当然選ぶが
 暗い青を選んでる人間は悲観的、
 本当は赤が欲しいのに人気があるから
 取り合い、競争に畏怖して妥協して青を選んだのだ。
 とか最早屁理屈だが 解釈なんて見方や理由付けでいくらでも変わる。


純粋に 赤が好き、青が好き、どっちでもいいから適当に選ぶ、
という 風潮に関係なく選択した人間か。

その風潮を意識して 赤か青を選択したか。

自分がこの選択をした、ということに
自信、誇り、信念を感じているってことは
逆に言えばその優劣の風潮を意識してる、ってこと。
 一人より大勢と。

まぁ 選択じゃなくて偶然そっち側になった、
なんてものもあるけど。
 顔がいい、背が高いとか。


まぁ 発言、言動をよく観察すれば
その人間がどちら側なのか分かるかも。


なんか 例のネット友達に対しての侮蔑、嫌悪感からか
マイノリティを推進するような書き方をしてしまったが。


まぁ その風潮に感化されて(理解して)も
自分が赤になる努力を放棄して
青を選んだことの正当性を作ろうとする、
なんてやり方もあって。
あんまり良くは無いな。


この件に関して理想的な人間像 ってのは

それぞれの選択で必要な能力を両方持ち合わせ、
どちらでも選択できる状態で
風潮を理解した上で左右されず
好きな方を選び、
風潮に支配された攻撃的な人間に対しても寛容であれる

って感じの人間か。
そうそうなれやせんがな。

去年の10月に書いたけど。
優劣を見出すことは仕方ないし
その上で難易度の高い方を選ぶことは大事なことではあるが

問題は、
無闇に優劣二元論を用いようとすること、
(本来優劣など無い選択肢に 優劣を付けようとすること)
その認識が全てにおいて共通だと思い込むこと、
その優位性(である解釈)を元に 
そうでない人を見下そうとすること。

運動能力より知識、進学より就職、女より男、みたいな
逆も然り。

大事なのはその件において優位に立っても慢心せず
違う立場や価値観を尊重することを心がける…に行き着く。



自信はコンプレックスの裏返しである 場合もある、って話。




ちなみに親や周りの人間のせいで散々考えさせられた
「友達とは何か」への僕なりの見解。
はっきり こうって言えるものはないけど。

僕が友達だと思える人間って2人だけなんだけど。

高校の頃、僕は下ネタとか全然駄目だったんだけど
それで周囲の同級生は 僕が嫌な顔しても面白がって
無理矢理聞かせてきた。

まぁ相手への気遣い、思いやりよりも
ささやかな娯楽、笑いの方を取る、って選択するのは
まぁ普通のことだけど。

当時の友達もまぁ年頃だからその辺の知識付け出して
僕にそーゆー話してきて 僕が返答に困ってたら
「お前にこーゆー話はやめとこか」って下ネタやめたり。


もう一人の友達は 数人のグループで遊んでて
僕がリーダーを怒らせて追い出されたんだけど。
普通ならまぁその多数派、リーダーに同調して
「アイツマジクソやな」ってなるもんだと思うけど。
その友達は心配してくれたのか
「また今度な」って感じのメール送ってきてくれたり。

全てにおいて善良的な選択を取る人間なんて居ないと思うし
その2人も 相手によっては 娯楽、嘲笑の選択を取るかもしれんが
思いやり、気遣いを向ける対象に僕を含めてくれたってこと。
あぁ 友達ってこういうもんなのかもな って思った。





対等じゃない、隠れた上下関係から目を背けて
成り立ってるような友達関係もあるだろうけど。
まぁ言葉や概念の認識って人によりけりだから
それに対して「そんなの友達とは言わない」なんて言うのは傲慢。
 向こうから何か言ってきたならまぁ別として。



例の元ネット友達って 日記の内容も
「友達達はタバコ吸ってて部屋モクモクで煙たかったけど」
なんて一文があったりして。(当時高校生)
そこから 尊重や気遣いの気持ちとか
互いに持ち合わせてんのか?とか思ったり。

普段の言動からも
「友達とも遊べるし 一人の時間も楽しく過ごせる
 自由奔放な人間像」というより
「友達が居る状態、選択にしか 
 好意的な解釈を見出せないキョロ充」
のような印象が見受けられる。

とかまぁ 悪い方に推測しようとしてしまう。


まぁ こんな風に僕も 特定の概念や選択を区別した上で
優劣を見出そうとするし それを好意的に見出す、尊重する
なんてことは中々出来ない。
できて「許容する」「弱さとして理解する」ぐらい。



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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
友達関係では、双方が好ましいい状態であればよいのであるが、実際には偏りが多い。他人にとって都合のよい人は友人が多いが、本人にとって都合が良いかどうかはわからない。私の場合、友達が多いがそれは相手にとって都合が良いことが多いためである。

友達がいないと嘆く人の多くは、気前が悪い人が多い。自分がサービスを受けたいと思う気持ちと、相手を喜ばせようと思うバランスが悪い自己中的な性格の人は友人が少ない。私はその場を和やかな関係が築ければそれでよいという考え。
あじさい
2016/08/15 20:53
人間の生き方に理屈を求め過ぎると新たな苦しみが生まれるんだなと思った

どの道、どれだけ頭を絞って理屈を捏ねても正解なんて無いのだし、結局は本人が生き上手か生き下手かという事なのかも知れないね
ふむふむ
2016/08/16 16:59

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