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zoom RSS 創作における神と 作者の伝達意図

<<   作成日時 : 2016/12/11 12:41   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 3

「面白くない」と「退屈」は別なんやな、と思った。
去年のある日 仕事が早く終わって
映画が1000円で見れる金曜だし何か見に行こう、と。
「ジャージー・ボーイズ」っていう映画を
よく下調べせずに見に行った。
ミュージカルが原作らしい、ってのことなんで。

生まれて初めて上映の途中で劇場を出た。
あまりに退屈すぎて 金より時間が惜しくなった。
ミュージカル原作だけど映画はミュージカルではなかったし。



去年の年末だったか。
「UFO学園の秘密」って映画のポスターが近所に張られてた。
先着でチケットがプレゼントされる、ってハガキが付属されてて
切手代もかからないし、と送ってみたら当選した。

学園青春もののアニメ映画なんだけど
日常の変化、異星人との遭遇、学園の危機、
バトル、獣人化、神の力、とか色んな要素が
鮮やかな映像で飽きる暇も無く次々と展開して。

面白くはないんだけども退屈しない、って感じの。


ドラえもん映画2本分を1本に短縮して
それを既存のキャラクターじゃなく
映画用の登場キャラのみでやるような。


脚本家が まだまだこれから って感じの
段階にある位置なのかな、と。
チケットに付属されてたパンフレット見る限り
作り手は色んな思いを込めて作ったみたいだけど。

「なんじゃこりゃ」「もう滅茶苦茶やなー」と
笑いながら見てた。
見た後何も残らない、
嫌いではないけど好きでもない感じの映画。

あくまで僕の感想。
作品が嫌いだから陥れようってわけじゃなくて。

元々タダでもらったものだし
ユナイテッドシネマの 映画6本見たら1本タダで見れる
ポイントも加算されたし不満はない。


で、今年の頭にやってた営業で仕事が終わった後。
チケット送ってきた団体から電話がかかってきて
感想を聞かれた。

タダで見せてもらったものだから悪く言いたくはなくて
「展開がすごいと思いました」
「きっと脚本家は楽しんで書いたんだろうなと思いました」
と伝えた。

で、次に作った「天使にアイム・ファイン」って
映画を上映するんだけどよければチケットいらないか、と。
貰えるものは貰ってもいいけど
忙しいから見にいけるか分からない、という旨を
丁重に伝えた。



で、届いたんだけど時間とれず3月後半。
営業が終わり、G社から一週間休みを貰い、
搬入の方の仕事とかをやってた頃。
仕事が昼で終わって、
久々の自由に空いた時間だし
進んで見たかった映画でもないし迷った。
豊洲のユナイテッドシネマじゃ上映されてないから
ポイント貯まらんし。

で、まぁ 貰ったんだし、と。
品川の劇場に足を運んだ。
いつもの豊洲の倍大きいスクリーンだった。



悩みを抱える数人の主人公が交互に写される
オムニバス形式の映画。
天使が人間界を見守ったり手を差し伸べたりして、
それぞれが解決の糸口を見つけ出してゆく。


実は「UFO学園」を見た後、何か違和感を感じて、
この映画を見終えてその違和感に気付いた。






現代で、確認しうる情報は限られていて、
それを越えた 不明確な部分は
想像することでしか形を表せない。
例えば未来の世界や死んだ後はどうなるのか、
霊、天使、悪魔、妖怪などは存在するのか。
居たとしてどんな価値観を持っているのか。

 もっと言えば未来や死後など、先のことだけじゃなく
 「過去」に関してもほとんど想像で補われてるけど。
 例えば歴代の偉人だって文献という形で残されてはいるが
 正確な容姿、人格、細やかな癖などまでは分かってない。

 聖徳太子の生涯での
 まばたきの回数を知る人は1人たりとも居ない。

 時代劇も 当時の文明、背景なんかは
 あまり正確さは意識して作られてはいない、なんて話を読んだ。
 恐竜とかも そういう生き物が居た、ということは
 科学的に判明しても、色までは分かってなくて
 図鑑や映画に登場する恐竜の皮膚の色は想像らしい。

 現実の設定を基に 一番忠実に描くことが出来るのは
 「現代世界」なんやな、と。




で。
そういった この世からして「不明確」な部分を
正確なものとして描くのが「創作」。
映画、漫画、アニメ、小説とか。
現実の世界で不明確な部分でも
その作品の世界の法則、設定を自由に決めるのは著者だし。


たまに(善良な)神のような立ち位置のキャラクターが
人間の行いを見下したり 戦争に辟易としたりするけど
あれは作者が戦争に対して 反戦意識を持っていて、
関与しない(理解のない)立場からすると
くだらないことに見える、
だが戦争が起きれば自身にも
被害が及びかねないから無視はできない。

だから「被害が及ばない、人より上位の存在」の
神、っていう偶像を作り上げ、自身の主張を代弁させてる。

創作に登場する神の価値観は
「神の価値観」でなく、正確には
「人間が想像した神の価値観」なんやな、と。


宗教家の描く神は 自分も含めてその下に置き、
人に共通認識を植えつけようとしてる、

創作家の描く神は、自分が神を操り
主張や皮肉を代弁させ人に聞かせようとしてる印象。





話を戻すけど。
この世界で走られていない裏の真実、だとか。
未来では、死後はどうなるのか、っていう話だとか。
この世の見えない部分を描いた話。

だけど、それらの設定は
「あくまでこの作品の中だけのもの」としている。
マトリックスの世界の真相も デスノートの死神も。


UFO学園とアイムファインを観て感じてた違和感は、
「この作品で描かれている真実は、本当なのである」
って伝えようとしてる意図が見える。
劇中の登場人物だけにじゃなくて
映画の外側の人間にも気付かせようとしてる。
(あえて 気付き なんて言葉で言ってみるが。)


現実の問題に意識させようとするタイプの主張じゃなくて、
この世界での知られてない部分は
こうなっているんだ、みたいな風に言って聞かせてる。
そんな印象。


なんつーかこれって一種の宗教だよな。
・・・って思って ちょっと調べてみたら
幸福の科学は本当に宗教団体らしい。
 あと今年 仕事で原付で周ってたら
 偶然 幸福の科学の建物見た。


同じ脚本家によって他にも映画作られてるらしくて
予告見たけど他のもなんか
この現実の世界はこのままだと大変なことになる、
救世主が人にまぎれて存在している、みたいな共通点があって。

映画作りは この考え方を伝える手段の
一つとして行ってるんやな、と。


「ライアーゲーム」にも宗教団体出たんだけど
その教祖の教えが
「この世に悪意や悪人が蔓延してる理由は
 かつて天使と悪魔の血を持つ人間同士が交配を繰り返し
 純粋な天使の血を受け持つ人間が居なくなってしまった。
 だがこの教祖に限り 限りなく天使に近い血を宿している。」
ってもので。

悪意と悪人の存在という現実(として解釈できている事)と
天使と悪魔の血という幻想を上手く組み合わせた話。


今年の2月頃だったか 秋葉で宗教家に話しかけられて
10分だけ、って言われたけど結局40分話したけど。
タブレットでプレゼン資料見せながら紹介されて
時代やな、と感じた。

まぁかつて起きた大規模な出来事は
以前から聖書には書かれていることで
それがこの教えが真実である証拠だと。

例えば火山の噴火が起きたこと関して
聖書では 地の下から炎の海が溢れ出る、って書かれてて
この文章がこの件に結びつく、とか。

でもそういうのっていくらでも結び付けられますよね、
って具合に反論したけど
このブログほど饒舌ではないから僕。

で、最後に洗礼(水浴み)だけでも
受けていきませんか、と言われたけど断ったら
「なんでですか?」って言われたのがちょっと怖かった。
ホームページでも観れるから、とパンフ渡されたけど
未だちゃんと見てないけど。
見たくないわけじゃないけど
よし、見ようって気になる時もなくて。



こういう(幻想)理由によって
こういう現実が起きている、と納得されれば
聞き手は感化もされるし 思想は操られる。

これ否定出来ないから。
宇宙人が居ないとも 天使が居ないとも
人々に紛れてる無自覚の救世主が存在してないとも
証明できないから。

「悪魔の証明」ってやつ。


別に宗教が一概に悪いとは思ってない。
事実がどうかは重要ではなくて
何かを信じられるんなら前向きに生きられるし。

僕はある信じてたものがポッキリいって
あっもういいや ってなったりしたし
それに比べたら入信してる人の方が
世界は輝いて見えるだろうし。


ただ、幸福の科学の映画から 僕の危惧してる
「おめでたい教え」の片鱗が見えて。


まぁ今回はそんな感じ。
次回で おめでたい教えと思わせぶりな部分と
その性質とかを掘り下げていく。





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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
新興宗教はやめた方が良い。これは断定しちゃいます。
あじさい
2016/12/11 22:56
別に入信は考えてないですよ。
おっさん
2016/12/12 23:52
論理的な思考とは、演繹または帰納がある。慎重に議論を進めれば、正しいことが明らかになることが多い。普通の生活の中では、会話はそれほど論理的でないし、論理的な議論もほとんどない。むしろ、声の大きさとか感情的なふるまいを重視されることが多い。

人は誰でも、多かれ少なかれ事実を歪曲しているものである。「認知の歪み」という。自分のことは楽観的に考えて、他人のことは悲観的に見る。そのような傾向は、大多数の人が持っている。

真実を探すと世間の人と衝突することが増える。むしろ、目をつぶったり諦めることが処世術
あじさい
2016/12/19 19:56

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