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zoom RSS 「もう使いません」って手段と 勉強、大人嫌いの青少年への言葉

<<   作成日時 : 2017/01/12 22:52   >>

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2ちゃんまとめで読んだ話だけど

夫婦のうち 夫に妻から電話がかかってきて
飲み会で、迎えに来て欲しいとのこと。
それほど遠くもなく遅い時間でもなく
自分が行く必要が感じられないので
タクシーで返って来い、と断ったと。
そしたら妻はその後ひどく慟哭して(泣いて怒って)
実家に帰ってしまった、と。

情を聞くと、その飲み会は故郷の集まりで、
昔から敬遠の仲だった相手が居て、そいつと
大人になってどれほど幸せになっているか、という
見栄の張り合いのような感じになって。
旦那は自分を愛してくれている、と証明するために
迎えの電話を呼んだら断られて、
そいつ(と他の地元の同期)の前で恥をかいた、と。
だから怒って別れると言ってるらしい。

夫は 自分が悪いのか?と。



幼い時期に過ごした社会(地元、小学〜高校)ってのは
一生ものの親友が出来やすい時期であると同時に
一生ものの敵も出来やすいから。
この妻の気持ちも分かるなと。
まぁ夫の腑に落ちない気持ちも分かる。




書き込み主の夫に対して意見や説得がある中、
あるコメントが
「迎えに来ることもできない旦那とか
 役立たずだなw」といった
妻の肩を持つ、というか
夫に対して嘲笑的な発言をしてて。


あ、この意見はまずいな、と。
ただでさえ夫の判断がまだ不安定な状況で、
自分に著しい落ち度はない、という確信が無いうちに
こういった意見が来ると感情的に反発、
離婚って方向に心境が傾き兼ねん。

僕もあるからな。
ネット上で来た意見が原因で偏見を持った事柄や
敵視するようになった対象がいくつか。
「もういいわ、こっちも自分なりに
 理解する努力をしようと思ったけど
 そうまで言われるならもうお前なんか知らん」と。






精神的器量が充分に出来上がってないうちに
相対する側(敵)に肩入れした意見を聞くと
余計に反発する、と前にも書いたけど。


揉め事があった際に 反省して
判断基準を決める、という過程で
自尊心の高い現代人にとって
一番適性だと思う”明確化させる順番”が

1、自分の正当性
2、相手の落ち度
3、自分の落ち度
4、相手の正当性

だと考えてる。(3,4は逆でもいいかも)
精神的器量が高いか余裕あれば、
1や2を飛ばすか後回しに出来る。

正当か、落ち度があるか、なんてのは実際
それを見出すか、解釈するかで
”ある”か”ない”かが変わる。
重要なのは納得できるか。

第三者の意見はこれらのうちどれに当たるか。

精神に余裕が無いうちは1や2を探す。
そういった状態の人間に
第三者が下手に3や4の意見を言ったら
余計に状況が悪くなったり
反発、偏見を強く持たせたりする場合があると思う。



喧嘩、事故のような 短期のものもあるし
差別や権利に関しての認識といった長期のものもある。







さて、以前から
「教育の場面で罠が仕込まれていることがあるが、今度語る」
と予告してた話だけど。
その話をするか。


半年前に「ロジカル・チャイルド」の話を書いたとき。
元々並行して書いてた2つの記述を一本にまとめたけど。
前半は”教育する側(大人)”の観点、
後半は”教育される側(子供)”の観点で書いたけど。


僕のブログは一定のアクセス数が
来るようになったけど。
主にどういう年齢層の方が来てるのかが知りたい。
(アクセスはしたが記述が長すぎて
 読まずに離れた人もいるかもしれんけど)

アンケートを右側に設置したので→
良ければ押してください。

結果によって今後の書き方が変わるかもしれないので。
(端末、通信環境によっては表示されないかも)




ひとまずこれから書くのは 教育を受ける側の観点での話。


僕は地元に対して恨み…のような気持ちもあって。
先導者による教育が 納得できるものではなく
反発、反抗的な気持ちになるばかりで、
”勉強”に前向きな解釈を持つことが出来なかった。

高校を卒業した後になってようやく
勉強に興味を持ち出したり
自分の人生に意識を強く持つようになったし
地元を離れた後で社会の大切さを考えるようになった。

この事実も様々な解釈の仕方があるだろうが僕はあの地元が
「15年以上も所属させておきながら
 捻くれた子供の価値観ひとつろくに変えられなかった社会」
という風に捉えてる。

勉強を拒んだ選択をしたのは自分なんだから不満はない。
けど あの社会に恩を抱くのには値しない、といった感じ。


 まぁ、これは
 「全ての児童を全うにすることが前提であるなら」であって
 もしその前提が違えばこの結果すらも正当なものになるが。
 あそこでの教育法は、9割に合い、1割に合わないやり方だが
 割合的には合理的だからこの教育法を選んでる。
 最初から1割のハズレを出すことは想定済みで、
 僕がその1割に位置したってだけの話。
 …という仮説。



自分が親や教師といった先導者になったら…とよく妄想する。
どうすれば勉強に興味を持たせられるか。
学生時代の僕のような 勉強に偏見を持った生徒を出さないか。
当時の教員が僕にしてくれなかったことは何か。

上に立つ人間が優位性に胡坐をかいてきた姿勢
常識や大人の知識(いわゆる「社会に出たら通用しない」とか)を
武器のように使って偏見を抱かせた、風潮を作り出した
先導者、先人を代表して まず謝罪から入るべきか、とか。




教育を受ける場での罠 だけど。

例えば相反する選択肢 AとBがあって

一般的にも正しいとされる、
または今後自分に適性となる選択がA、だとする。
そういう情報を聞いているにも拘らずBを選ぶ人間。

惰性や、Bに何かこだわりがあるわけでもなく、
Aを毛嫌いし 敵視するようになった、とか。
「尚更Aなどするものか」と。


こういう手段を取ることがまずい。
自分が不利になるだけで。

例えば
Aは勉強、運動、友達作り、等を指し Bはそれらをしないこと
Aは常識、マナー、正論、で Bは逆、とか。

それで 後に後悔する結果になっても、
そういう風にさせた連中は困るわけではないし、
罪悪感も抱かないし、
認知すらしないことも珍しくない。


何が悪いのか、何を嫌うべきか、を
見定めることが必要になる。
Aが悪いのではない、それを武器にする人間が悪い。
あいつが使ってるなら自分は使うまい、ってのは良くない。


その人間の言い分に価値があるか。
それに価値があるか。

結構人は合理性より感情(好き嫌い)で判断してしまう。
使えるものを 嫌いって理由で切り離す。




勉強嫌いで それを強いる大人も嫌いで
もしやって成績上げたらそれはそれで大人の手柄、
という風にされて思う壺、って認識だった。昔の僕は。


「勉強しないと将来困るのはお前だぞ、と
 説教してくる大人は 本当は
 『君に幸せになって欲しい』のではなく、
 大人の言うことを聞かずに
 勉強しない選択をした将来の君に対して
 『ほらみろ、自分の言うことを聞かないから』
 って言いたいだけ。
 勉強しなかったらそれこそ大人達の思う壺。
 奴らを出し抜くためには生徒の権利を最大限に利用し
 奴らの手間と時間を搾り取り
 知識を身につけることの方が合理的」

いっそこのぐらいで言った方がいいと思う。
勉強から距離を置くことは何にも
特にも抵抗にもならない。

ってか僕自身が誰かに
こう言って欲しかったのが本音。






すぐに「切り捨てる手段」に出るのは
プライドの高い現代人の悪い癖だと思う。


きっと先人達によって
「相手を怒らせれば悔しさをバネに
 より良い結果を出すだろう」
っていう 後継者の心情を軽視し
適当な指導を行った結果ではないか、と考えてる。

ある時期から後継者は
「付き合いきれなくなって」
いっそ不要という姿勢に徹した、
その名残りなのではないかと。




「もうこのお店は利用しません」とか。
もし戻ってきて欲しいならそっちから謝罪に来い、という
意図が含めてあるとしたら。
自分が顧客として充分な価値がある前提で無いと通用しない。
まぁ、価値があるって思いたいんだろうな。


僕は前にレンタカー屋の不手際をここに書いた際、
「今後なるべく使わんようにするわ」って書き方をしたけど。
「二度と〜」なんて誓約を付けて自分を不利にする必要ないから。
優先順位は後に回したって程度。



「○○(ある作品)のファンのせいで
 嫌な思いをしたから
 ○○を嫌いになりました」
って主張も 充て付けのつもりなら意味がない。



「切り捨てる手段」ってのは本来最終手段だから。
それを多用する人は、その行動自体がその効力を浅くする。

普段から温厚だったり
ギリギリまで理解をしようとする人の
「切り捨て」の方がよっぽど効力がある。




正しいもの、
便利なもの、
大事なもの、
素晴らしいもの、
可能性になりうるもの、

そういったものを武器にする人間の
犠牲になっちゃいけない。

って話。






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内 容 ニックネーム/日時
ストレスの多くは、人間関係をお金の問題が大きい。人間関係では、本人と相手の関係で相性が良い場合は問題にならないが、組み合わせが悪いと決裂することが多い。良好でない人間関係では、主導権とか服従を知る場合、八つ当たりの対象であったり、奪い合い関係が多い。

話せばわかるというのは特殊な環境、例えば学校で皆で話し合う場では成立することもあるが、実社会で通用しないことも多い。説明を工夫するのはある程度有効な方法で、そのスキルを磨くことも必要であろう。

私も学生に教育する立場であるが、理解してくれればラッキー、誤解して聞いてくれなくても仕方ないと考える。私が良く言うセリフは、「学生さんは授業料を払って先生を雇っているのであるから、少しでも活用したほうが有利」と説明している。それでも3割程度の学生は、そもそも勉強する気がないのでそのような人には目をつぶる。

先生も収入を得る目的で時間を切り売りしているので、生徒に対して無限大の責任と愛情を持っているわけではない。給料分のサービスをしているつもり。
あじさい
2017/01/14 17:29
子供に肩入れする記事 なのであえて教育者側のフォローはしてないので 教員の立場の人が読んだら気分を害するかもしれませんね。

まぁ教員側の言い方ももちろんだけど生徒側のやる気も大事。
僕だって教育者だったら
「9割に90点以上取らせ、不真面目な1割を切り捨てるやり方」と「全員を平均以上の点を取らせるやり方」なら前者を選ぶ。

「私バカだからわかりませーん」とか言ってる生徒のために必要以上に時間割きたくないし。学力以前に無いのはやる気と誠意だろと。その辺は家庭の方でどうにかしてほしい。
おっさん
2017/01/18 22:34
わかってんじゃん

「世の中恨んでまーす(開き直り)」
って奴はどうしようもないだろ
なんだ
2017/01/19 07:14
曲解される覚悟で言うけど地元を恨んでるのは本心ですよ。現行で世の中の風潮にもかなり辟易としてる所はあるし、人間が嫌いなのかもしれないって思ってます。

ただ何かを恨んだり許せないことの半分は自分の心の弱さもあるので。記述で述べた「2.相手(他人)の落ち度」に着目してしまうレベルに 自分はあるんだろうな、と。僕の不都合については自分自身がどうにか心を強くしないといけないと考えてます。
おっさん
2017/01/19 12:10
愛の力で生きる人生もあるが、恨みと憎しみをエネルギーとする生き方もある。
現在日本の人の9割が悪人で、善人が1割であれば、私は9割に属する人。反省も後悔もしていない。モラルがあって真面目な人が1割いれば世の中は回る。私は下層でも適当に暮らせればよい。
あじさい
2017/01/20 22:53

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