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zoom RSS 「結婚は絶対する必要は無い」 不安を諭す言葉が叩かれる理由

<<   作成日時 : 2017/03/29 21:43   >>

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ある女性が
「結婚は絶対しなければいけないものではないんだよ」
といった感じで 青年〜中年?の
未婚の女性を励ます意図で発した発言が非難を浴びた。

「この人は社会労働の経験が浅く、
 バイト程度で社会的責任を果たした気になってる。
 そんな人間の言葉」

とか、その人の条件をあれこれ持ってきて理論を組み立てて
発言を否定してた人も居る。
派遣社員の僕も正直耳が痛い言葉。





他にも
「妥協して結婚できる人が増えているそうだが
 結婚相手に”妥協”って言うのは失礼ではないか」
って発言してる女性がいて。


その話を引用して

「結婚に妥協する必要はない、なんて
 言う人間の無責任な話を信じちゃいけないよ。
 奴らは高齢独身者の不安を知らないんだよ」

って言ってる中年男性が居た。

別に女性は
「”妥協”という 一般的にネガティブな印象のある言葉を
 臆面も無く 配偶者に対して用いるのは良くない」
って言ってるんであって。
結婚相手を妥協するなとは言ってない。論点がずれてる。


中年男性は普段
冷静に意見を述べた上で、冗談で締める言い回しが多いのに
珍しく冷静さを欠いてるな、と印象を持った。

これは『溜め込まれた反発心』だと思う。
普段から沸々と「ある主張をする人」に憤りを抱えてて、
その主張を連想する発言を 重ね合わせて。

「この件に関して前々から僕は言いたかったんだけどね」と。

女性はとばっちりやな。









「とある条件が肯定される風潮」は同時に
その条件に沿わない人を苦しめる風潮にもなる。

 「家族の繋がりは大事」という風潮なら
 じゃあ家族が居ない人(特に子供)は?等


「結婚しないまま齢を重ねていく
 女性(男性も?)を否定する風潮」に関して

本来叩かれるのは、未婚者を悪く言う人間のはずだけど。
親戚や親の「早く結婚しろ」と言うような。

未婚者に肯定的な意見を言う人も結局は叩かれるのか。






まぁ、仮に
「結婚しなくてもいい」って言葉に感銘を受けた人が
結婚しない、という選択をして
数年後、やっぱりした方が良かったと後悔して手遅れになっても、
発言者は責任を取らないからな。


小野ほりでい ってコラムで類題が挙げられてた。
無気力肯定ビジネスの話
https://togech.jp/2014/11/28/15681





僕自身も、結婚は必然的なものだとは思ってない。
妥協して好きでもない相手と愛の無い結婚して
そのせいで不幸になってるとしか思えない夫婦が身近に居るし。

まぁ年齢的に若いから
高齢未婚者の立場に理解が無いだけなんだろう。

僕は個人的に 将来は
伴侶も跡継ぎも作らず一人で朽ちるつもりなんだけど。


「これこれこういう理由で自分は
 結婚も子供も作らないつもりだ」って発言をすれば

同じ条件を持っている人は
「じゃあ自分も同じ選択をしなければならないのか?」と
少なからず思わせることになる。


そう聞かれて答えるのは
「いや、自分はそうしようと思ってるだけで
 他人にそうあるべきとか言うつもりはない」


そしたら次の指摘は
「じゃあ何で言ったんだよ。聞かれたわけでもないのに」
(見た人の感情に悪影響を与える可能性も含めた上で
 その発言をしたこと、に正当な理由はあるか)
になる。

 その先、というか 発言者の趣旨を考えると
 「自分の考えを理解されたい」
 「他人に自分の価値、思想を肯定、賛同されたい」ないし
 「自虐、悲観的な発言をした上で
  それを否定されたい、同情されたい」
 といった、心理の話に展開されるから今回は割愛。



自分で色んな条件を調べて、考えた上で、
批判も受け入れる覚悟があった上で、
人に聞かせたい、声を大にして言いたい、
という意思が上回った上で、発言する。

…ってほどの価値観でもないのなら沈黙が妥当なんだろうな。

なんとなくで「こうだ」「こうあるべき」とか
言うもんじゃないってことなんだろうな。

 クックパッドを使って料理する妻に
 手抜きだ!なんて怒る旦那が居るらしい。
 本当にそれが悪いと、考えた上で言ってるのか?
 ただなんとなくのイメージで言ってないか?と。




あと、人によってそれぞれ立場や心情は異なるから。
どういう言葉が良い効果を生むかは人による。
左に傾いてる天秤に 右に重石を乗せれば平衡になるけど
右に傾いてる天秤に 右に重石を乗せるとよりバランスが悪くなる。

SNSが浸透化してる現代、
公に発言する、ってことは
どちらに傾いてるか、とか関係なく 誰彼構わずに
一方への受け皿に重石を乗せる、ってこと。






落ち込んでる特定の誰かに向けてではなく、
誰が聞くかも分からない公に向けて
「駄目でも良いんだよ」って発言をすることは

分かってあげたい、のではなく
本当は 自分が分かってもらいたい のかもなと。




人は「平等」「倫理」といったものを目指しているけど、 
根本的に生き物の社会に根付いてるのは
「勝ち負け」の概念だから。

風潮、思想、発言、といったものに関してもそうだし。
気に食わない発言を打ち負かせるために
様々な条件や理論を用いた人も同じ。

 だからって勝ち負けの概念が根底にあるのを理由に
 倫理を度外視して構わない、という発言をする人は
 大概 優位性に胡坐をかいて思考を止めてるだけ。


「好きなこともろくに言えない世の中」と
捉える人も居るかもしれないけど。
発言する権利自体は奪われてない、
ただ、はねっかえりが来るってこと。

それにどこまで勝てるかどうかやな。



今の論争は
「BよりAの方がいい」といった発言に
「なにおう、それならBはこういう部分でAより優れて…」
なんて 長所を引き合いだす時代じゃないみたいだし。

「いやAはこういう部分で劣ってる」でもなく
「Aを良いと発言している人の背景にはこんな汚点が…」だから。

荒んだ時代だわ。








風潮との勝ち負けの話だけど
僕もまぁ
「友達が居ない = 悪」
 (倫理的観点においての悪ではなく、
  短所、失敗、目指さない方がいい道 というニュアンス)

って風潮に散々苦しめられた身。


小学生時代、元は気にしてもなかったけど
母親に責められるようになって間に受け、
友達が居ないことに不安を感じるようになって、
夜中に泣きだしたりした。

それから高校までは キョロ充みたいな癖ができてた。
仲が良いわけでもない奴に無理に取り入れようとしたり
少しでも仲が良い奴一人に執拗に絡んで結果煙たがれた。
(充ちてはないから ただのキョロだが)

17〜20歳の間は 風潮に対しての反感を抱いた時期。
何故作らなければいけないのか、と。
むしろ作らない、という考えを持ち出した。


まぁ、「友達の是非」に関して
肯定的、否定的な見方 両方を見た経緯を経て
素直な見方をすることが出来るようになった。

他人に「友達の多い自分は有能で、お前は下」
といったことを多少言われても
昔なら反発しただろうが 今はそれほど気にならないと思う。
「まぁ、(それに関しては)そうやな。」って。


今では友達は欲しいって素直に思ってるし
少ない、故に劣等であることも認めてるし。
それでも もういいやー(居ないなら居ないままで)って感じ。



僕を苦しめてきた風潮やかつての先導者に関しては
「悪」という風にも思ってない。
相手方には相手方の都合がある。

”共通認識”の植え付けの重要性も理解してるし。
 極端な例え、ルール、モラルなど。
 物を盗んではいけない、暴力はいけない等。

連中を「悪」とは言わないが
僕の「敵」であったことには間違いないが。
まぁこの世を「勝ち負け」と観測した上でなら僕の負けやな。




結婚にせよ友達作りにせよ就職にせよ
「別にしなくても平気」ってのは、
そういう境地に達した人間が勝手に感じることであって。

無知、未熟、といった段階の人間に
広めるのは間違ってる、ってことなのかもな。


不安、ってのは精神的に悪いものだけど
改善しようって気持ちを湧き立てる点では重要だから。






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世の中、厄介なコンプレックスを抱えてる人間ってのは多く居るようで。 その人の話を読むと気の毒に思う。 ...続きを見る
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内 容 ニックネーム/日時
日頃、「前面に出ないこと」を心がけている。世間で人間関係が密になれば不要ないさかいが増えるから。もしも自分が「大衆相手の人気商売」を考えているのであれば、「前面に出て迎合する」「花見の幹事役」を目指したほうが良いのであろう。芸術家であっても、死後に評価される人もいるがこれは残念という人もいればある意味自由に作品が作れてよかった場合もある。

社会の根底にあるのは、他を押しのけても奪い合うこと。そのような人間が結果的に遺伝子を残して数を増やしてきたということなのだろう。もちろん多様性も必要なので、少数の菩薩も大事であろうが所詮マイナーな存在。
あじさい
2017/04/01 21:27

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