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zoom RSS 言葉という入れ物を大事にする人

<<   作成日時 : 2017/07/16 19:23   >>

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差別反対派のジレンマについて何度か書いたけど。

差別は無くすべき、という意識の強い人間こそが
何も無かった場面に差別って概念を見出し、
結果「差別現場」を増やす、という。

「意図せぬ差別発言」に関しては
悪いように解釈する方に問題がある、って
僕は考えてるんだけど。


ツイッターで差別反対派というか フェミニストのとある人が
差別反対を唱えることが多いために その
「差別を見出すあなたの方が問題がある」と
言われることがあるらしく。
その人が

「例えば『バカ』と言われて怒ったら
 『自分はこの言葉に侮辱の意味を込めて言ったわけではない。
  侮辱の意味を見出すあなたに問題があるのでは?』
 と言われる。これで納得できるか?」

という例え話をして。
まぁ、その例え方なら何となく僕も分かった。

まぁこの場合発生する条件としては

・他人に「バカ」って言う者自身が
 自分が言われても構わない、という前提が必要になる。

・それぞれの立場について。
 知性や学力の高い人間が低い人間に言う「バカ」は
 フェアじゃなくなる。

・特定の個人に向けてバカといえば侮辱になるが
 何かしらの主張をするときに比喩表現として
 「こんなバカみたいな真似は〜」といった言い回しである場合。
 話を聞く側が
 「自分に向けられた言葉ではないから構わない」か
 「バカっていう過激な、差別的な言葉を
  使うこと自体やめてほしい」か。


まぁ、条件次第で話も変わってくるから
一概にこうだ、とは言えないだろうけど。

それでも僕は基本的に
「意図せぬ差別は差別を見出す側に問題がある」
って考え方は変わらない。


ただ、人それぞれで
その言葉、概要に どういったシチュエーションをイメージしてるか、
何を見てきてその価値観に行き着いたか、ってのは違う。


例えば「体罰」という言葉に対して
「万引きをした子供がゲンコツされる」というイメージの賛成派と
「遅刻した児童を竹刀で殴る」というイメージの反対派じゃ
『体罰は良いか?悪いか?』って論題だと話が噛み合わなくなる。
けど互いのイメージするシチュエーションを確認し合えば
「確かにその場合は 相手側の考えが正しい」
という具合に理解が出来るかもしれない。




僕が「意図せぬ差別には差別を見出す側に問題がある」って
考え方になった原因となるシチュエーションとしては

・ポケモンのバージョン名 ブラック、ホワイト に
 黒人差別の話を持ち出しての批判

・ARMSってゲームのキャラクターの一人、褐色で白髪のキャラに
 黒人差別、思想の話を持ち出しての批判

・CMの「ヨッ!お疲れさん」ってセリフの
 「ヨッ」が差別用語であるという理由で差し替え

・「リア充爆発しろ」ってネットスラングをモチーフにした
 カップルを爆破するゲームが
 テロを髣髴する、という理由でもあったのか
 爆発→ブラックホールに差し替え


批判する側にもその人なりの言い分が
あるんだろうからそれは自由だと思うけど。
僕は創作者の肩を持つ姿勢だし、
もしどちらかが手を引かないといけない場合は
批判者側が手を引き、作り手の意図を理解すべき。
だと考えてる。


かといって何が何でもそうあるべき、という風に
考えてるわけじゃないんで。
「失言、配慮の足りない表現を行った側に問題がある」
という人の思い浮かべてるシチュエーションは聞いてみたい。
その場合は確かにそうやな、と納得できるかもしれないし。








僕は基本的に「言葉」ってのは
「入れ物」という風に見てる。
数学やプログラミングで言うところの
xやyみたいな 「変数」みたいな感じ。

同じ言葉でも それに込められてる意味は人によって違う。
前述の体罰の話を持ってくるけど

A氏、B氏の2名が「体罰」に込めた定義が
A「万引き児童にゲンコツ」
B「遅刻児童を竹刀で叩く」
として、

Aが Bの言うシチュエーション、
体罰反対派の言い分を聞いた上で

A「それは自分にとっては『体罰』ではない。
 『虐待』と呼ぶ。
 自分は『体罰』には賛成だが『虐待』には反対」

という風に認識していた、
それぞれが 同じ言葉に込めている意味、定義が食い違っていた。
って話。


まぁ、言葉が入れ物ってのはそんな感じ。
僕は 言葉に基本それ以上のこだわりはない。



昔 友達と口論になったことがあって。
僕は「知人」って言葉に
「知ってる人全般」の意味を込めていて

友達のことを「知人」と言ったら、
その友達は「知人」って言葉は
「面識の薄い他人」という意味として捉えていて、

僕がその友達を「知人」と呼んだために
「自分は友人じゃなく知人なのか」と怒らせて。
僕もムキになって こっちの本意を理解しろ、って感じで。
あの頃は若かったから譲歩や妥協が出来なかった。

今なら臨機応変に
相手がその言葉にその意味を込めて使うのが嫌だと言うなら、
ひとまずこの場は自分が相手に合わせた言葉を使う。
という風にする所存。

僕にとって重要なのは言葉という入れ物じゃなく
中身、本意が相手に伝わることだから。
入れ物をどう使うかは相手に譲る。





ユーチューバーがリスナーから相談を受ける動画があって。
あるアイドルファンの女性が
「アイドルに”貢ぐ”という言い方をやめて欲しい。
 それはホストに貢ぐような汚いイメージ。
 せめて”投資”と言って欲しい。」
って言ってて。
ユーチューバーは
「対して変わんないし、アイドルは綺麗でホストが汚いって
 あなたの偏見でしょ?」
って返したりしてた。



ゲームのストーリーの話になるんだけど
主人公と2人のヒロイン ナギサとエミリアって
キャラとで仮想空間に赴いて。
ナギサが「ここでは死んでも大丈夫」って言って
エミリアがその言葉に怒り出すシーンがあったんだけど。

こういった定義の食い違いとか口論って
現実でも起こりそうだな、と思って持ち出したけど。
実際に僕と友人の口論がこれに近いし。

死を間近に経験して重要視してるエミリアの言い分も分かるけど
ナギサ側は 仮想空間だから肉体に損傷は起き得ないっていう
以上の意味を込めていったわけではない、っていう。







まぁ、僕は言葉は入れ物として見てるから
入れ物を重要視する人の気持ちが分からなかったんだけど。
侮辱、過激な言葉が使われたり、
揶揄や皮肉の意図があったわけでもない限りは
過敏に反応する方がおかしい、と。


言葉を重要視してる人の気持ち、憤りが分かった、って話。


2ちゃんねるまとめで書かれてた
貞操意識に乖離のある夫婦の話。
30人以上の女性と経験を持った夫と、
性経験の相手は夫のみの妻。
その2人が揉めた、っていう内容。
妻による書き込み。

揉め事の詳細や僕の見解は 論点が飛躍するから書かないけど。

一応僕自身は貞操意識は高い方で
何人もの相手と経験がある、という話を聞くと
男女問わず悪い印象を持ってしまう。
(嫌いだと切り離すんじゃなく 理解しようと努力はしてる)


で、その妻に対してのコメントで
「夫と違い 冒険してこなかったのはあなたの勝手で〜」
ってのがあって。
ムッとした。

何人もの相手と軽率に性的接触を測ることが”冒険”か?と。


僕はこれまでの人生 コロコロ、ジャンプ読者で
ゲームとか色々好きでやってきたから。
「冒険」って言葉にはロマンだとかファンタジー、といった
前向きな、気持ちが高揚するイメージを持ってた。

冒険って言葉にそんなもんを当てはめるな!と。
苛立ったし、気分を害した。


あぁ、言葉を大事にしてる人、
それが軽率に扱われて怒る人ってのは
こういう気持ちだったのかな、と。
理解できたかもしれない。










論理的思考と議論
言葉の定義の話、体罰と虐待の例えはここから引用した。









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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
大多数の人にとっては、言葉は「掛け声」「合いの手」のようなもので、その意味を考えないことが多い。議論ができなくても、協調性と同調性でムードメーカーになればよいと考える。大多数がそうであるのは仕方ないが、一部の人は論理を重んじて意義のある話を聞きたい。

すべての人の意見を尊重する必要はないし、一部の人に支持されるという生き方もある。個性の強いクリエータは、概ねそのようなものではないか。ある程度似た者同士で仲良く暮らしていければよいと思う。
あじさい
2017/07/18 21:57
似た者同士で仲良くしてればいい、についてですけど

SNS上では価値観の乖離した者同士の話題が 同じ場所に出ることで衝突が起きやすい、って話を書きかけて保留してるんですけど。

嫌なものを意図せず見る羽目になった側と、
いきなり知らない人物に文句を言われる側、
とじゃ意識に差があって。

後者「嫌なら見なければいい」
前者「見たくないのに見せてきたのはそっち」
後者「そんな意図はない。見ないように気を付ければいい」
前者「結果として加害してるのはそっちなんだからそっちが配慮すべき」

っていう 好き嫌い以前に 一線、価値観の差があったりしますよね。
おっさん
2017/08/19 18:29
公共サービスでは万人向けのそつないサービスが要求されるし、駅前のコンビニでは様々なお客に八方美人的な接客が必要である。しかし、マニア向けの店では、駅から離れた路地裏などで、少数の顧客が満足すればよい。会わない人は来ることがない。

SNSでは誤解を生じないように当たり障りのないコメントがよさそうである。革新をつく会話は、面と向かって話し合い心を通わせる。個人の趣味であるが、広く浅い友人を望む人もいれば、少数でも深い関係を望む人もいる。

私は、それぞれ勝手にすればよいと思うが不要な争いは極力避けたい。
あじさい
2017/08/21 21:04

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