風呂上がりのおっさんの脱衣場ブログ。

アクセスカウンタ

zoom RSS フジテレビの万引き冤罪ドッキリを見ての教訓

<<   作成日時 : 2017/07/18 23:21   >>

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 1

フジテレビの番組で行われた
芸能人への万引き冤罪ドッキリが炎上した、って話。


僕はまぁ元々 世間の人間に道徳や倫理観は
期待できないもの、と思ってるし。
それはテレビも変わらないもので。

メディアの掲げる倫理なんて所詮
犯罪を起こした子供の自宅のゲームが悪質な内容だから
ゲーム製作者に問題がある、みたいな。
叩く槍玉を挙げる為の口実、って印象があったりするし。

ここでテレビ局をボロクソに言うのもそれこそ
「まとも(何も悪いことをしてない)という優位に胡坐をかく」
「悪者として判断できそうなものを見つけ次第攻撃する」
「他者から聞いた僅かな情報で、感情が容易く高ぶる、って程度の精神」

というより
世間が充分に怒ってると、自分はかえって冷静になる、
自分は叩かなくてもいいか…という風になる性格。


番組企画者側も 77個も何かドッキリ企画を出さなきゃいけなくなって
倫理と照らし合わせずに通しちゃったのかもな、とか。

あとはまぁ 誰かをいたぶることに快感を覚えるのは人の性だし。
ドッキリ番組に限った話じゃないかな、と。
こういう 倫理から外れた行為を誰かがやる度に
世間が叩く、ってので釣り合いが取れてるのかもな。





で、この番組では最後に
実はドッキリでした、とネタ晴らしするし
ドッキリを受けたターゲット側には一応デメリットは無いんだよな。
(あるとしたら精神的な負荷)


実際にこういう場面に出くわしたら
どうしたらいいんだろうな、と。
勘違いじゃなく、意図して、悪意を持って冤罪かけられて
脅されて何かしら奪われたり。


ネット上でよく非難浴びる案件といったら
アイスケースに入ったり 不倫騒動だとか。
常識って枠からはみ出してしまった人の中から
悪者を探す、ってのが多いけど。

本物の悪、ってものに備えたりした方がいいんじゃないか、と。

痴漢の冤罪はよく周知されてる。
痴漢とセットになって話題に上がるぐらい。
それがいい事かは別として。
振り込め詐欺なんかもよく注意が呼びかけられてるし。
でも万引き冤罪って視野の外やな、と。

このドッキリかけられた芸人達は
結構アワアワしてたりしたけど
実際こうなってしまうかもな、と。
仕掛け側がバッグに商品仕込んであるから
盗った覚えはなくても物的証拠が出てきてるし。

相手は店なのだからモラルがあるはず、
大人しく相手に従えば 悪いようにはされない、って思ってしまう。

これって子供の頃からの道徳の刷り込みがあるんじゃないかって。
正直に言えば、落ち度を認めれば強く怒られない、
自分に落ち度が無かったら信じてもらえる、とか。
相手に”謎の信頼”をしてしまってる感じ。

普通に生活してて こういう非常事態に
対処できる手段は身につかないし。


例えば僕がI組に軟禁されてた頃って
完全に自分が悪いって思い込まされてたし。
挙句ボロクソになじられて金まで取られたし。



https://youtu.be/oLheWq1H8pw


このドッキリで最後にターゲットにした的場浩司さんが
バックヤードに連れて行かれて警察呼ばれた後も
毅然とした態度で振舞ってて。
格好良かった。こんな大人になりたいと思った。

この番組を世間から徹底して
否定しなきゃいけないのかもだけど。
ある意味教訓にはなったと思うし、
僕は的場浩司さんのこと名前も知らなかったけど
この番組でファンになった。


後手に回っちゃ駄目なんやな、って。
立ち会ってる相手、自分を疑ってる相手が
倫理的である保障、もとい
こちらを倫理、尊厳の枠に入れてくれてる保障は無いんだし。
的場浩司さんみたいに戦わないと駄目なんだな、と。


実際こうなったらどうすべきなのか。
ひとまずスマホにボイスレコーダーの
アプリか何か入れて録音するとか、
それが無いならメモとペンを常備して
相手の名前と会話を書き残す、とかかな。

まぁ色んな意味で教訓になったって話。




テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
ナイス

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
日本の子供は安全地帯に住んでいて、親、学校、世間より守られている。(子供の自覚は足りないが)社会に出て世間の悪を見ると、大人になったような気がするものだ。

社会に表と裏があるように、人にも善と悪の面がある。現実は多様であるが、認識は常に一面を見がちである。社会と自分の関わり合いが薄いのであれば、社会の良い面を見て謙虚に暮らすのが良いだろう。

西行に、「何事のおはしますをば しらねども かたじけなさに 涙こぼるる」という句がある。堅実な大人であれば汚れた現実をあえて見る必要もなく、良い側面を見るのも必要だろう。

真実の追求はパーソナルな趣味としては結構なことであるが、核心に迫るというのはいかがなものかという文化がある。世間に悪があることは承知で、個人の受け取り方次第というところか。
あじさい
2017/07/23 19:16

コメントする help

ニックネーム
本 文
フジテレビの万引き冤罪ドッキリを見ての教訓 風呂上がりのおっさんの脱衣場ブログ。/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる