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zoom RSS 殺人は悪いという風潮への見解

<<   作成日時 : 2015/05/27 21:48   >>

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自分が件の関係者でも被害者でもないのに
聞きかじった知識や情報で誰かを非難するのは
格好いいことじゃない、むしろ人の駄目な性だって思ってる。
その上で書く。悪く思われてでも非難したい。


秋葉の無差別殺人やら黒バスの脅迫事件
犯人の残した記述を読んだらなんか
本来はまともなはずの人間だったのかもな、と思った。

僕が非難したい事件、犯人って
悪である自分に陶酔してるような奴。

数年前にネットで読んだ過去の殺人事件2件。
ひとつは冷たい熱帯魚って映画のモデルである殺人事件で
もう一つは児童が殺されて犯人は中学生だった、っていう。


前者はちょっと内容が複雑で理解できてないけど
犯人の殺しへの考え方がなんか
「殺しのオリンピックがあれば、俺は金メダル間違いなしだ。」
「殺しにかけては俺がいまナンバーワン」
とか言ってたとか。



後者はなんか殺した子供の首を校門に置いたり、
なんてやったらしい。

 十年ぐらい前、
 メディアの言い分を真に受けやすい父が僕に
 「ゲームで変な知恵つけた奴が 赤ん坊殺して
  面白がって首を校門に置いたりした事件があったとか
  テレビで言ってたから
  お前がゲームやりすぎて そんな風にならんか心配。」
 って言ってきた時期があった。
 この事件を知って あれってこのこと言ってたのか、と。
 クソ親が。


その犯人の中学生がなんか
難しい漢字を並べたペンネーム作ってみて
テレビ局に犯行声明送ってみて 文末に
「〜 ボクには一人の人間を二度殺す能力が備わっている 〜」
とか書いて それで筆跡バレて警察に突き止められて
泣き出したり

少年院で院生に「まさかお前があの事件の犯人なのか」と
聞かれて 無言でニヤッと笑って頷いたら
噂が広まって過激ないじめを受けだして発狂したりとか

格好つけてやった事が全部裏目に出て
なんかすげぇ格好悪い奴って印象。

少年院でバカにされて、激昂して相手の目をペンで刺そうとした
って事があって 関係者によれば
 「この言葉によって、少年の殺意の引き金がひかれてしまい、
  それまでやっと積んできた矯正教育の成果が
  パーになってしまったわけだ」と語っている。と。

いや…違うやろ。
むしろ 治ってないってよく分かった、
ってことなんじゃないのか。
せっかく表面的に刺激しないように扱ってきたのに
刺激したからボロが出てしまった、みたいな。
刺激されても大丈夫、ってぐらいじゃないと駄目やろ。

耐久テストをしなけりゃ壊れなかったのに、
みたいな言い分に見える。




まず僕は 人を殺す事自体を あまりにも異端、
という風には考えてない。

快楽でならまぁ別として。
邪魔者を排除したい、取り除きたい、
恨みを晴らしたいって気持ちは自然な感情。
実際 人殺し以外でなら 邪魔者を排除するってことは
普通に行われてるし。
害のある生き物の駆除も然り
人間の間においても 特定のものを無くそうとする運動とか。
何かしら正当な言い分で。


「何故人を殺すのが悪いか?」なんて文をたまに見るけど。
別に賛同する気は無いし
「何故悪いか」なんて言い方をしてる時点で
これ聞く奴も別に正しいと思ってやってるわけではないだろうと思う。

まぁ何にせよ否定するならするで
自分なりの見解を持っておきたいのと
この質問が来る可能性もあるから備えておきたい。
一見分かりきったようなことについて 理由を聞かれるのは
試されてるのかもしれない、って見方もある。


今の社会が調和の方針に向かってるから
人殺しは悪い、異常という概念を世間に定着化させてる。
その社会の概念の元に生きてる人間に
殺しは良い、なんて認可を貰おうってこと自体がナンセンス。

この概念の元に育った人間が 殺人を犯すとしたら
多分悪いと認めた上で 社会からの反感、
罰を受ける可能性も考慮した上でやってる。
殺し自体を良いなんて思ってはないはず。

逆に少数派の方が 何故良いと思ったのかを答えるべきだし
これに限った話じゃないけど
いちいち他人に許可や同意を貰わないと
正しい、良いって自信を持てないって時点で
正しくもクソもない。



秋葉と黒バスの犯人は 悪いと分かった上でやったんだと思う。
(後者は殺してないけど。脅迫だけで。)
別に殺しや犯人を容認しろって言いたいわけじゃない。
社会が調和の方針である以上 この一線を越える、越えた奴は
世間から異常(常とは異なる)として叩かれ扱われて当然。
その風潮や見せしめが 良くないとしている事への抑止力に繋がる。

ただ、僕は
殺しは完全におかしいって妄信はしてないってのと
何故悪いとされているか、っていう自分なりの見解と
こういう「悪」は似非 だって主張したい。


悪 ってものに 自分なりに多少 憧れを抱いてる。
つっても自分が憧れてるタイプの悪ってのは
この世の因果の観点に基づいて
強くあろう、勝とうと力をつける人間。

間違っても
社会の恩恵を充分に受けて生きてる上での脱線、
血や殺しに快楽を感じる異端者、
ましてや 大した理念でもない、何か影響受けて真似たとかで
悪である自分に陶酔するバカ じゃない。



人を殺したいって意欲自体は珍しいとは思わんし
殺しを快感に感じる、って感性は
そういう人間も居るんだろうな、って理解はある。
共感はないけど。
いわゆる常人の行き届かない範疇なんだろう。
心情的に認めたくはないけど。

ただ「人を殺せる自分」「狂ってる自分」っていう
悦に浸る奴は 似非やな、と思ってる。

平和な先進国で 戦闘の訓練を受けたわけでもない市民に
不意打ちみたいな殺ししか出来ないくせに何言ってんだ、と。


「闘争と破壊こそ真の世界の姿」といったような言い分。
この子供殺した中学生も言ってたそうだけど。

否定はしない。けど
調和と創造も世界の姿ではある。
半々やな。

善側にせよ悪側にせよ
どちらか一方だけ妄信してる奴は浅い。って思ってる。
何故なら 物事や存在は0か100か、善いか悪いかの
どちらか一方しかない なんてことは無いけど
人間は どちらか一方に見たがる癖があるから。
本人は真理を分かってるつもりでも
その癖が大きく見えてる時点で
根本的に分かってないのが明白。

そもそも殺しや破壊だけがこの世の全てだったら
こんな奴ら もとい僕も 
赤子か幼児の頃に誰かに捻り殺されて終わり。
社会が成り立ってるからこんなチンケな悪党でも暗躍できる。
恩や感謝は別にしても
親に育ててもらった、社会に生かしてもらってる事実自体を
自認、自負せずに悪を語る奴は似非。




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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
さかきばらかぁ。
殺人は戦国じゃ高評価だったけど今は反対だ。時代で価値観てすごく変わるよね。


うどん
2015/06/08 21:46
お久しブリ夫。
戦時中は社会、国の方針が敵国を倒すことだからね。
今じゃ調和の方針だから。
人殺しを一概に悪いと思ってるわけじゃないけど
「人を殺せる自分」っていう風に思ってる奴が嫌い。
おっさん
2015/06/14 22:24
戦国時代でも第二次世界大戦でも
同じ国の市民や自分の軍の兵殺したら
罪とされてたと思う。
一応の価値観としては多分
敵、害悪を殺すのは筋が通った殺しだからOK、
だったんじゃね。

今 殺してOKってのが一般化されてる害虫とかも
将来 「生き物を殺して当たり前とされてた
悪い考えの時代だった」 とか言われたりするかも
ってね。
おっさん
2015/06/19 15:35

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