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zoom RSS 一線の基準は人によって違う

<<   作成日時 : 2015/11/21 23:43   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 1 / コメント 3

「リア充爆発しろ」っていう
交友関係などが充実している人間に対しての
僻みの言葉がある。

僕は別に思ってはないけど。
自分だってなれるならそうなりたいし
僻みは悪癖だって思ってるし。
努力してない事柄には嘆く資格も無いって考えてるんで。

けどこの言葉自体、大半はネタ、冗談で用いる
言葉だったりするし
それならまぁアリなのかな、とか思ったり。
実際この言葉を言う人は何割が冗談、何割が本気なのか。


「死ね」など暴言や侮辱の言葉全般に当てはまるな。
卑屈、憎悪、禁句の意味合いが込められているかそうでないか
言う側と 言われる側の感覚が 同じか、ズレがあるか。



一線ってのは人によって基準が異なる。
冗談か本気か。グレーか黒か。

2ちゃんで読んだ話だけど。
美人でない女性が化粧してたら
(気取って振舞うためではなく、
 むしろ自分が不美人だと自覚してるので
 少しでも周りに不快な思いをさせないよう気配りらしい)
父親が笑いながら
「お前みたいなブスが化粧しても美人にはならんよw」
と言ってきて 頭にきて
「私がブスなのはお父さんの血を引き継いだからよ」
って言い返してショックを与えてしまった。
何やかんやで食わせてもらってる立場なのに。と。

なんか過度に謙虚な考え方してる辺りが
この人の人生 どんな境遇だったかが窺える。

父親も人にブスって言うのが冗談なら
自分の顔否定されるのも冗談レベルで受け取れよ。
人には言うくせに自分が言われたらショックって…。




自分で決めた一線を、越えたところで
一線を越えたしまった、おしまいだ、
というように苛まれたりはしない。
慣れるから。

それが自分にとっての素の認識として定着する。
その先には更に違う一線が見えるようになるだけ。
事柄ごとに一線ってのは何重にもある。
手前の一本だけしか見えてないだけで。
その線の数の差が、人同士の理解の差になるのか、と。

昔 僕がバイトの店員で、
客のゲーム機の画面覗いたってことで
クレームが入って。
そんなことでクレーム入れるとか
(頭)おかしいんじゃないかあの客、って憤ったが。

僕にとっては ゲーム機覗くのは
一線を越えてはいなく、(踏み込んではいない)
クレームを入れることは
一線を越えた行いだと認識してる(踏み込んだ行い)

客にとってはゲーム機覗くのは
すでに一線を越えた行いである、って認識ってことか。
クレームはどう捉えてるのか分からんけど
客からすれば ゲーム機覗くのが普通なら
クレームごときも普通として捉えろってことなのか。



どのあたりが一線なのか、ってのは人によって異なるから。

名前忘れたけど とある作曲家?がインタビューで
昔 障がい者をいじめててウンコ食わせたりしてた、と
思い出話を笑いながら語ってる記事があったけど
その人によると、
「自分はウンコ食わせたりとか
 冗談しかやってないけど
 先輩は殴ったりしてて
 流石にやりすぎだろ…って引いた。」
って語ってて。
いや、ウンコ食わせるのも充分一線越えてるだろ、と。
人によって一線って違うんやな、と思った。
(勿論自分がやられた場合も
 同様の認識であることが前提だけど)

精神的なダメージの理解に疎いが、
身体的なダメージは理解している、って感じか。
虫や排泄物を食わせるのは冗談、
だけど暴力は駄目、一線を越えてる、といった認識か。



一線は何重にもある。
人によってどの位置を 素の認識としているかで。
( < を一線として)

侮辱は良くても 暴力や殺しは駄目、って人も居れば
(侮辱 < 暴力 殺害)

侮辱、暴力まで良いけど殺しは駄目、って人も居る。
(侮辱 暴力 < 殺害)

一線のその並びも共通とは限らず。
暴力、殺しは良いけど侮辱は駄目、って認識もあるだろうな。
(暴力 殺害 < 侮辱)




これ2ちゃんで読んだ話なんだけど
とある美人の女が 妹の結婚相手に惚れて 寝取って、
お楽しみで撮ってた写真が家族に見つかってバレて
親には勘当されて 妹には縁を切られて
慰謝料で出来た借金を返す日々、って話。
自業自得で打ちのめされた、って例。

被害者面というより、なんか淡々とした冷めた語り口が
あぁ、この人 矜持とか道徳とか
どーでもいいんだな、と感じた。

「風俗でもやれば?」ってコメントに対し
「水商売はやらない。そこのプライドは譲らない」とか発言して
そんで余計に閲覧者達の怒りを買って
「今更何がプライドだ」「てか娼婦に失礼だろ」等
大バッシング。

なんだろうか この人にとって
妹の旦那を寝取ることより 水商売に手を出すことの方が
一線としては向こうにあるのか。

推測するなら 人(別の女)の男を奪う、ということは
女として魅力が上回った、勝ち、優越感として認識し
水商売、身体を売ることは
女の安売り、劣等感として認識してるのか。この人は。

道徳より因果を上に置いてるってことなのかね。
そういう認識になる経緯、価値観形成のきっかけとして
人生に何があったのか、ってのが気になる所だけど。


「スレ主がどんだけ妹を嫌ってるかが分かるな」
ってコメントに対し
「妹は好きだよ。私は嫌われたけどね。」と。
自分に由った考え方、って言えば聞こえはいいが。


僕は色んな人に嫌われてるけど
少なくともネット上関連としては
こちらは別に誰も嫌いじゃないしむしろ好きだったりする。
「僕は自分のやりたいようにやるだけ。
 それで善か悪かはそっちで判断してくれ」ってスタンス。
こんな風に開き直りの姿勢になった
きっかけって何かあったっけ…忘れた。
 推測はやろうと思えば出来るけどまた別の機会で。

人に嫌われるという事実に関しては
(相手が見知らぬクレーマーのような
 こちらにとっても結構
 どうでもいい人間である場合は別として)
正直「あーあ」って感情で
半ば諦め、半ば今後に期待、って感じ。
相手に関心が無い、じゃなく
関心はあっても過度には持とうとはしてないというか。

他人の憤りの原因が 自分であるのにも関わらず
関心を持たない、ってのは一種の悪なんやな。


この「一線の話」を踏まえた上で
この後に「宣言の話」を書いてたけど
倍近くの長さになったので次回。


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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
今が大事。今が一番と思っている人は、目先の些細なことでも大げさに考える。
些細な変化を「一線を越える」と言ったりする。
嫌われていると考えすぎなのかもしれない。
案外人気者だったりして。
あじさい
2015/11/24 21:45
>大げさに
平和が当然になってるから些細な違和感も目についたり
個々が尊重されてる時代だから自分の権利の行き届く範囲を履き違えるんですかね。

>嫌われて
まぁ物事は捉え方次第で変わるものですけど
不都合な事実を認めることも大事なので。
おっさん
2015/11/27 23:01
普通の人の感覚だと、今の考えと明日の考えは違うことがある。一貫性とか論理性が少ないということであるが、他の要素(協調性とかその場の安心感)を重視するという点ではバランスのとり方ともいえる。他人に期待することは難しいが、自分と同じようなバランス感覚を持っている人と一緒にいることは幸せである。
あじさい
2015/11/28 08:14

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