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zoom RSS 自分から答えを探そうとしだした理由 批判と主張

<<   作成日時 : 2016/06/05 11:45   >>

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昔このブログで来るのって結構批判が多くて
今でも新しい人の新着コメントが来る度に
あー、批判かな と思いながらクリックするようになった。
まぁ最近はむしろ肯定的、賛同のようなコメントや
常連になったりしてくれる人が増えて
まぁ僕自身のいい意味での変化の結果だと思う。

まぁコメントの 僕自身への質問一つ返すけど。
「なぜここまで達観していて「人間らしく」を
 もとめてしまうのか」

達観している という表現には一概に肯定的な印象があるんで。
そういう見方って、他人からの評価であってこそなんで
自分で言うのもあれだから言い方を変えるけど。

肯定、否定 両方の解釈を視野に入れた見方を
「客観的視点」と呼んでたが。
「俯瞰的」という言葉を知ったので今後はこう呼ぶけど。

俯瞰的なものの見方をする癖が出来た理由。
理由は挙げるなら色々あるけど。
今回そのうち一つを挙げる。


僕の持つ偏見に対して 周りの人間が反論してくる際
いちいち攻撃的になってくることがあるから。

例えば主張、考え方で
相対するA,Bの二種類あったとして。
僕がAだと言っていれば
Bが正しいと思う人間が意見してくることがあるけど
諭すような言い方ではなく 喧嘩腰でくる。
「お前は頭がおかしいのか、Bだろ!」とか


「正論」を用いて人格攻撃をしてくる。
まぁ僕の考え方が正しいか間違ってるかは別として
なんでいちいちこんな言われ方されなきゃあかんのかと。

まぁ、他人にこんな攻撃的な言い方されるぐらいなら
最初から自分で 両方の答えを見つけるようにした方がいいなと。
相反する価値観の持ち主からの 攻撃の隙を与えないために
両方を知り、中立を意識する。
そうしていくうちに穿った見方が癖になった。

他人が信頼できないんですわ。早い話。
「こちらが不快感を持たずに話を聞けるように
 尊重してくれる」道徳性にせよ
「こちらが反感も疑問も持たず理解できる話し方」
という伝達力にせよ。
その一定基準を他人に求めるのは諦めた。期待できない。

単純にそれを持ち合わせてないのかもしれんし、
持ち合わせてはいるが 僕にそれを割り当てるために
心労を割く気になってくれないのかも、
あるいは別の意図(後述)がある場合もあるが。


他人に答えを期待できないなら
自分で見つけていくしかないな、と。






マジコンっていう ゲームを違法にコピーして
入手するソフトがあって(正確に言うと違うが)
一時期コレが問題視された頃、僕もいちゲームファンとして
この存在や利用者を憎んでた。

「善と見るか悪と見るかは価値観が違う」ではなく
「それを悪として見るのが(一般的に)当然」と、
ひとまず前提において。



前に僕の同居人がそれを使ってゲームを入手してたと言ってて。
まぁ 「それはやっちゃ駄目ですよ」程度に言っておいたけど。
これを使ってる人って、悪意があるというより
深く考えてないだけって場合が多い。
ゲームメーカーの事情に理解や肩入れが無い、
マジコン問題なんかを認知、そのきっかけが無かっただけ。
 (マジコン問題を認知しつつ 美味しい思いをするために
  道徳的観点からそれを正当化しようとする輩もいる。
  それに関してはまた別の機会に書く。)


小学生がゲーム実況してて
そのゲームが「割れ(違法コピーのような意味)」だと疑いが出て
コメントで「割れだろ」と色んな人が言い始めて
本人は否定してるんだけど しつこく責められて泣き出してしまう
って動画を ユーチューブで見つけた。
仮に割れだとして なぜ駄目なのか もっと大人として諭す言い方だとか・・・
まぁそうだとしても本人がまず認めることが先だが
本人はそもそも否定してるし・・・うーん・・・




まぁ、要は知らないだけで。
「無知は罪ではない。
 ただし知るべきことを知ろうとしないのは罪。」
だと考えてる。


まぁ、使っちゃいけないものを 使ってる人は
使っちゃいけない、ということを知らないだけで。
まだ改善の余地はある。

この頃に それを使ってる件に関して
罵倒やなじり、叱責を受けたらその心境はどうなるか?

知らなかっただけなのに・・・と落ち込むか 憤りを覚えるか
最悪、反感を買ってむしろ
その「悪い道」に進もうとすることもある。
これは叱責した者の落ち度でもある。
先導者(親、教師)であるなら尚のこと。


前に ゆとりと仕事の話で書いたけど。
「見えない選択肢」の話。

仕事で新人の頃は、
良いか悪いかを判断できない以前に、
そこに選択肢があることすらも認知してない。

いつの間にか「間違った選択」をやってて
その選択肢を認知してる先輩に叱責を受けたりする。
頭に来る。

 最近は僕がそれを指摘する 先輩側に付いてることもあって。
 新米の無知さに苛立つ気持ちも理解は出来る。
 まぁ、器量を大きく持たねばなと。

まぁマナーやモラルでなく
仕事のルールでなら シビアなもので当然。
いっそこうなる事実や段取りを受け入れて
怒られて覚えていくべき、って見方もあるのかも。





先述の「Bだろ!」という 正論を用いて批判してきて
こちらが相手に沿わなければ
相手は僕に人格攻撃をし始めた例な。

冒頭に挙げた
「数年前の批判コメント」でその例があったんだが。
まぁ当時の僕も観念が幼い故に
大人としての対応は出来てなかったけど。

まぁ、その批判を行ってる者が
自分より更に幼い、ってのは 書き方から察せられるけど。
相手は恐らく 中学生か高校生。


その「攻撃的な批判」をする理由だけど。
多分そういうやり方しか知らないんだろうな、ってのもある。

多分「創作物(フィクション)」の影響も受けてるのかも。
漫画やドラマで 主役が悪役の価値観を
強く否定し、論破するシーンは珍しくない。

 2年ほど前、悪を否定するシーンは正しいのか?と疑問を持った。
 相手は一応 その価値観に到るまでの経緯や
 数々の答えを出した上で その価値観を持ったんだと思うが
 その場での不快感や反発で「間違ってる!」なんて言うのは
 相手の思想を切って落とし、尊厳を踏みにじる行為では、と。
 和解には遠回りになるのではと。
 まぁ、その話はブログに書かないままになったが。


創作物は 突き詰めると一人の人間によって描かれた世界で
よってその人間の正しいと思うものが
その世界においての 真の正しさになる。

 主役の論破は 筆者の望んだ姿が
 反映されてるのでは、と僕は思ってる。
 まぁ悪と思ってる対象をねじ伏せるのって気持ちいいもんな。


まぁ現実じゃそうはいかない。
人の思想の形だけ正しさの数がある。

解決するのは一方がもう一方の正義を
自分の正義と同一のものへと導き変化させることではなく
互いが折り合いをつけつつ妥協点を見つけること。
 「妥協」は、諦めではなく 本来の意味としては
 異なる意見を持つもの同士の譲り合いや理解。

まぁ、自分の正義に賛同させる手段もあるけどな。
”無知”に植えつけるのは簡単。
どちら側でもないうちだから。
 戦争教育(もとい教育)とか これを利用してたっぽいね。
 教育に限った話じゃなく主張全般がそうだが。

ただ、それなりに その人なりの価値観が形成されてる場合。
それを変えようと試みること自体が、
とても困難なことであり、図々しいことである。

それでも相手の価値観を変える姿勢なら
まずその自分の試みの傲慢さを理解して
謙虚さに折り合わせ、工夫しなければいけない。

中高生とか観念の幼い主張者はまずこれを理解してない。



「周りが自分を理解すべき」って考え方を変えて(諦めて)
「自分が理解させる」って風に 数年前から意識しだした。

相手が自分の主張に愛想をつかして去ったなら
「逃げた」じゃなく「逃がしてしまった」

相手が自分に賛同しなければ
「正しい考え方に変えない(間違いを認めない)相手が悪い」
ではなく
「相手の考え方を変えられなかった自分の伝達力の不足」

最初は皮肉や当て付け交じりでないと
こういう考えって出来ないけど
時間をかけてその認識を自分に刷り込むと それが普通になる。

そういう認識をまず出来てないと
主張者、先導者など 人を変える立場にはまず向かない。


その立場にも向いてない人間が
傲慢にも僕を変えようとしてくるのが癇に障る。
人格攻撃や 人格否定まで 自覚無しにやり始める。

それで、まぁ冒頭の通り
自分から答えを探すスタンスになったと。
そんな感じで。




今回挙げた
「あるいは別の意図(後述)」と
こないだの教育の話で挙げた
「教育、啓発、注意、指摘などにおいても
 実は罠のようなものがある」
についてだけど。

長くなったんで一旦ここで切って
その「罠」についてはまた近々。




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内 容 ニックネーム/日時
世の中では「限定的な真実」は多くるが、広範囲で普遍的な真実が多いわけでない。

現時点で「マジコン」が違法で悪いことは普遍的であるが、マジコン初期の時期においては情報不足で、その違法性を断言できない状況も一部ではあった。(個人目的では良いとかいう意見)

そんなわけで、私は意見を言う場合には、いつどこでという限定条件を言うようにしている。例えば「今日は晴れそうだ」というと、クレーマーは反論するだろうが、
「今日の朝のNHKの天気予報では晴れると言っていた」といのであれば誤解されにくい。
あじさい
2016/06/06 06:53
何だかうまく言えないけれど、人間らしさというものを、人間っぽく振る舞うことと勘違いしている様に見受けられる
ふむふむ
2016/06/09 22:52
同居人が(無知ゆえの)過ち(マジコン使用)をしている場合、対処方法は3つある。1.怒りにまわせて厳しく叱る、2.優しく理解できるようにゆっくり説得する、3、とりあえず無視(対処の先送り)。どれが最良であるかはケースバイケースである。大人のやり方として、3の「見送り」案が増えてくる。2が理想であるが、常に我慢をするのは無理で現実的でない。人間らしくというのは、1,2,3のバランスではないか。
あじさい
2016/06/10 06:25
ここのブログは、AI(人工知能)が人間性を学んでいるかのような文章が多いように感じる

必ずしも自分の思考の中に正解が存在する訳ではないし、自分の思考の果てに正解がある保証もない

人の学びとは、より多くの書物と、より多くの人との接触の中より産まれ、正解を探す程に、それはほぼほぼ「時と場合と相手による」という結論に到達する

なぜなら人生の中に「同じ展開」など二度と発生しないからだ
結局は自身の柔軟な適応力と対応力、そして凝り固まらない理解力に尽きる
ふむふむ
2016/06/11 15:33
思考や概念、価値観の受け入れ間口を広く持ち、スポンジのように吸収する、人の話の奥を理解する力が無ければ、永遠に思考の幅は拡がらず、間違いにも気付かないだろう

自分から見た外の世界…例えば職場、例えば社会、例えば家族に対して、常に自分が裁定を下すかのような考えのクセを直さなければ、人から理解を得ることは困難になるだろう

過去の事から学ぶ事と引きずることの違いを理解しなければ、思考する度に苦しみも現れるだろう

生き方に法則性や決まり事など無い事を受け入れられなければ、話の合わない人間に対して敵意を持つかもしれない

悪意や敵意や嫉妬や僻み、恨みや憎しみや反抗や復讐や
人には様々な害意が存在するけれど、人生において大切なのは、そういった感情のコントロールや消化であり、凝り固まった議論もしない狭い世界での哲学ではないと思う
ふむふむ
2016/06/11 15:42
良い本で知識を高めたり、良き友人に会って学習するのが理想であろう。早い段階で良い手本から吸収するのが近道であるが、周囲に悪い見本が多ければ、朱に交われば赤くなるので他人をむやみに信じないほうが良いことになる。漫画、小説もエンタメ道具も大部分は逃避、ごまかし、ゆがみを助長するし、悪友は害毒が多く信じないほうが良い。
良き人物、書物に巡り合えないことは残念です。
あじさい
2016/06/11 22:29
一人で考えても限界がある

その理由は、人は自分を客観的に諌める事が出来ないという点に尽きる
「自分の頭の中」から生まれる思考は、最終的に自分を擁護するよう着地するからだ

他者との現実的な交わりこそが、自分の思考の世界を拡げる
宇宙の星の数程にも存在する「考え方」の中で、自分という星しか知らずに「全」を考える程愚かしいことは無い
「個」のまま「全」を語ることは出来ないのだから

よって、他者とのコミュニケーションが苦手な場合には、どうしても偏り凝り固まった思考から脱出することは叶わない
ふむふむ
2016/06/12 10:13
書物などの場合、個人の読み解く力によりその感想は変化する

例えば悲壮な家庭環境に育ったものが見れば怒りの感情を助長するように感じる本でも、正常な家庭環境で育った者が読めば違う感想を持つだろう

漫画などのエンターテイメント性の高い娯楽書の場合、その内容から頻繁に学びを発生させる事は危険と思う
優れた漫画も稀に存在するが、真に人生の書となる本は、ほぼ間違いなくエンターテイメント性からはかけ離れた場所にあるからだ
面白い漫画と、人生の学びを発生させる本は異なるベクトルに存在することがほとんどだと言える

書物はあくまで人と話せない場合の代用品であり、書物は人と話すことを超えられるものではない
ふむふむ
2016/06/12 10:30

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