風呂上がりのおっさんの脱衣場ブログ。

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zoom RSS 25歳になった。

<<   作成日時 : 2016/08/11 00:50   >>

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愚痴回。

先日25歳になった。
逆転裁判2の成歩堂、
銀魂の坂田銀時、
ワンパンマンのサイタマ、
フリーター、家を買うの主人公が脱ニートした頃、
ヒメアノールの岡田、あたりが25歳か。
確かマリオの年齢もそのぐらいだったと思う。
新卒採用が難しくなるのもこの年齢だと聞く。

酒も煙草も賭博も女も 味をしらんまま。
まぁ酒は飲みだしたけど。
月一、二回で食べに行ってる野郎ラーメンの
5つの無料特典のうち1つがミニビールで。
どうせタダならもらっとこう、って感じで。
まぁ美味いとは思わないんだけど。

好きでもないのに 店の酒を消費して
身体にアルコールを摂取する、ってことの方が無駄かもしれん。
今後はもらわんとこうかな。
去年の飲み会で飲んだコーラハイボールは美味くて
何杯かおかわりしてたけど。基本は飲まない。
別に飲んでもいいけど まぁいいや。



高校の頃は25歳までに漫画家、なんて思ってたっけ。
小学生の頃から想ってはいたけど
まともに目指してた期間って無いな。
原稿で仕上げたのは18,19歳の時と去年で3本。
ゲームクリエイターとか役者とかに興味が移って
また最近戻ってきたんだけど。

去年 バクマン。の漫画も映画も見たけど。
あれよりむしろ
「死役所」「僕だけがいない街」に出たような
漫画家の夢を諦めきれず貧しくバイト生活しながら
描き続けてる20代後半の男。
あぁなんか 今こんな風になりたいかも、って思った。
漫画家になりたいんじゃなくて 漫画家目指したい。

「俺はまだ本気出してないだけ」みたいな
40代後半で世間に白い目で見られながら、ってのは嫌やな。
耐えられん。いや自分なら案外平気か?

 あれに似た実例あるみたいで。
 嫁も子も居る身で
 仕事を辞めて人気ユーチューバーを目指してるけど
 まぁ特に再生数も稼げない男、とか。見てて辛い。


まぁそれこそ この3年の間に目指してろよ、って話でもある。
創作活動をやってる人のあるあるネタらしいんだけど
仕事中は創作意欲が沸いて帰ってやろうって気分になるが
いざ家に帰ると意欲が失せてダラダラと
やらないまま一日が終わる、って話。

多分、その時の環境と 心境が求めてる環境、
まぁ心理的な問題やな。
仕事中は「こんな仕事してるぐらいなら創作やってたい」
自由時間は「創作やるぐらいならゲームしてたい」

仕事<創作<怠惰

僕も
「こんな仕事に12時間も勤めて過ごすぐらいなら
 以前の6時間の派遣やって 漫画制作やって過ごしたい」
って仕事中は思ってるし。

そんな環境だった当事は早く終わったら
秋葉行ったり銭湯行ったり映画見に行ったり
DVD借りたりして過ごしてた。
怠惰はいかんな、ほんとに。



齢とると自由より立場や安定を求めるようになってくる。
バカにされないため。
見返す、ってんじゃないけど
ムカつくI組とか地元のこととか考えると特に。
一応会社勤めで忙しく稼いでる現状に安堵する。
他者を見下すことで自分の自信を維持したりっていう
そういった悪意から回避するために立場を優先しようとしたり。

自尊心の確立の為に 他人を侮蔑出来るための
要素を培い合う争いみたいな。
くっだらねぇ、って思うけど。
本当に達観した人間はそういった心理も含めて寛容であれる。
そう理解しつつも悪意に憤慨し、優位性、安心とかを求めてるうちは
所詮自分もただの人間ってことか。器量や観念のレベルが。

コメントで 僕が物事を静観できる人間 みたいな評価を頂いたが
ネットで映される人間の側面はあくまでその人の一部分であって。
これ書いてる時って基本的に冷静な時だけだから。
日常生活の中じゃ結構 苛立ちとか多いし
結構 顔や声色にそれが出るらしい。

自分はもっと器量が大きいと思ってたけどそうでもなかった。
人間社会(今では特に 件のブラック社)に属したら
その度合いがよく分かる。



G社の担当の人、僕より年下らしいんだけど。
パリッとしたスーツが似合う大人みたいな感じ。
スタバで取引の電話しながらパソコンで作業してそうな。

今のブラック社に入る前の 学校の件に関してと仕事との相談で
週一で学校に通ってたらまぁ 仕事の条件も絞られるわけで
あんま良く思われてないみたいで。

「てか地元の専門学校で就職できんかったなら諦めろよ」
「東京来て3年結局何も掴めんかったやろ?」
「君の将来大体予想つくもん。30代で地元に帰る」

みたいなこと言われて落ち込んだりして。
まぁ悪意は無いんだろうけど。


別に僕はもう人生
幸せになろうとかなれるとか思ってないんだけど。
求めてるのは 幸せっつーか
ただ 前向きに生きたい。

20余年常々誰かを憎みながら生きてたし
憎い対象が居なかった時期の方が少ない。
小学生の頃も中学生の頃も高校の頃も卒業後も。
あの心境がなんかもう しんどくて嫌だ。

環境が変わって 時間が経って
考え方を変えて 別のものを見ようとして
ようやくその感覚が風化してきたところで
結局また新しいのが出てくるからな。
今ではI組とLL盗んだ奴が憎い。

復讐は何も生まない、なんて言葉があるが
そもそも固体が別の固体に影響を与え合う社会の中で
特定の固体からの被害に注視すること自体が非合理的なこと。
出来るだけ多くの世界を見て 視野や見聞を広げて
色んなことに取り組むようにした方がいい。


ってのは分かってはいるけどまぁ
上の2件に関しては一日も忘れたことはないし
虫の居所が悪い時は沸々と苛立ってくる。
去年は仕事終えて帰りの駅に着いたのが15時ぐらいだったりして、
今から電車で加須駅に向かうと
ちょうどあいつらがあの寮に居る時間になるし
報復しに行くか?なんて思ったりしてた。
まぁ最近は事情が変わってそんな時間に帰れること自体無いけど。


そもそも憎い人間を見返す、より
自分が好意的に見る人(嫌われたりしたら尚更)に
見直されるために頑張りたいもんだわ。

幼いうちに過ごす 学校、地元っていう社会は
少数規模、毎日通う、居合わせる人間が固定、故に
必然的に顔なじみが出来る。
おまけに観念の幼く多感な時期にそんな社会に組み込まれれば。

いわゆる一生ものの親友が出来やすいが
同様 一生ものの敵も出来やすい時期だったりする。
(成人後の接触の有無は関係無く、
 その人間そのものを生理的に嫌う、
 仮に接触があるとして悪意が前提、
 トラウマとして記憶する 等といった感じ)
まぁ僕は残念ながら僕は後者が多く。

地元の人間とはほぼ金輪際 接触自体を絶っておくつもり。
フェイスブックで地元の知り合いの名前探したりとか絶対しないし。
なんというか連中の幸せになってる姿とか見たくない。


落ち度ってのは誰にある、じゃなくて
誰から見出すか、それで納得できるか、等が問題で。

その辺に関して 地元の同期 個人を憎むのはやめて
自分から見出そうとするようになった。
そしたらベクトルが半分親に向くようになった。


最近ひとつ納得したことだけど。
「人としてやってはいけない言動」として
参考にでもしてほしいが。

あの母って
「あえて自分がキレる返答を誘う質問を
 相手に投げた上で、その返答に対してキレる」
みたいな手法をしてくることがあって。

中学の頃 家族でモツ鍋食べてて
僕が鍋の汁を掬いたいけど お玉が無いから
持ってくるのが億劫で 横着して
空のお椀で掬おうとしたら(それが悪いのは認める)
母の逆鱗に触れて怒鳴られて。

「お前誰に育てられとんか?」と聞かれ
「お母さん…」と答えたら
箸を投げつけてきて
「お前をそんな風に育てた覚えはないばい!!」と激昂。


観念や判断基準の乏しい子供は
他者(特に先導者)の叱咤を基準に その行動の是非を判断する。
が、その叱咤の条件に違和感があっても
今の自分にそれを分析するだけの能力を持ち合わせてなければ
ひとまず「その行動=悪い結果になる」と認識するしかなく
「その行動」が「意見、返答」という
大事な行為が当てはまってしまった。

「その行動」が起こすデメリットより必要性を重視し
勇気、自信を持ってそれを行うように心がける、
上記のように 相手が叱咤してきた条件を
論理的に分析して納得して ようやく呪縛が解かれた。


僕が 意見を言うこと、質問に答えることに
畏怖する癖が出来た要因って
母がこんなことやってきたからじゃないか?と思って。

これもほんの一例に過ぎんが
社会不適合者を作るような 人間の育て方を
あの母親がしてきたんじゃないのか。って。
 まぁ”それ”が自分だしなぁ…。立場上非難しづらい。


様々な不都合の要因を遡っていくと
最初から自分が生まれてこない方がよかったんじゃないか?
という結論に行き着く。最近は何度も。

まぁその話になると
・自分の選択による結果ではない
・過ぎたことで変えようが無い
・自己否定の見解である
と「是非を問うことが非合理的である 条件」を
見つかるだけでも3つも揃えてるから
不毛と判断し そこで思考は打ち切るが。

しいてその先を辿るとしたら、
同じ観点や前提条件から辿っても不毛なだけだから
そもそもの観点、前提を改めることに移る。

自分の人生においての不都合の要因 に関して
自分の視点、道徳という前提 ではなく
客観、因果の観点から物事を見定めれば
中立、擁護案すら出てくるようにもなる。


僕が人生で恵まれていた部分に関して
母はハンデを背負ってて、
自尊心の確立がままならぬまま親にまで成長してしまった、
心理的負荷(早い話ストレス)に人一倍敏感であった、
といった推論。

「中立」を意識してる僕が偏見を持った見解を出した時
ルールというか癖としているのが
相対的な見解の出来る要素の抽出。

主観的観測からはともかくとして
客観的に 道徳を前提として 判断しようとすれば
親には「恨み」より「感謝」すべき要素の方が多い、
現に今では 僕が拾った猫の世話をしてもらってるおかげで
僕が好き勝手に東京来たり出来てる、とか。

それで主観が「恨み」ばかりに向くのは
多分自分の器量が問題で。
器量に限界のある人間同士が関与し合う、
ってのが社会の中で必然的に起こる という事実がある以上
他人の落ち度に着目するのではなく
自身が器量を高めるべきではないか、という答えと。


母の人生の経緯から分岐し 因果の観点で見ていけば
自分の誕生はその成り行き上起こったことで
たかが人間が一人 生きて死ぬまでの過程であって
それが主観的に 自分の人生が幸福であるかどうか、
幸福になれるか等は それほど問題ではない、という
話の根本の問題を打ち消す ある意味での解決案が出る。




G社の担当に言われたことってまぁ事実だしな。
目は逸らさない、が。
そもそも僕の人生って18か19の頃に一度
もういいやって 興醒めした
その延長線上に過ぎないって部分もあるから。
僕が犯罪犯したり自殺しないだけマシだろ。
って気持ちもある。

「自分」か「他人」か の極端な二元論になってしまうが
18の時に僕の心境をそうさせてきたのは「他人」だからな。
今更どうこう言われる筋合いは無い。

しかし「他人(世界と言ってもいい)」ってのは
散々殺しにかかってきといて
よく味方ヅラして説教してこれるな、って側面もあって。
まぁ 人って勝手やな、って。

 この自他の二元論は 本能的な解釈だから
 勿論 論理の観点から汲み説く、否定、反論するのは容易い。
 しても意味が無いが。


僕はやりたいように、を最優先するし 文句は言わせない。
誰に対して、ってわけじゃないが。
まぁこの世の七面倒くさい、後ろ暗い部分にも目を逸らさないから。
選挙には行くし税金も払うし。
前向きに生きたいだけなんですわ。




今年「小野ほりでい」ってコラムのシリーズを知って。
人間の悪癖をよく見抜いてる。
中学か高校の道徳の教科書に
したらいいんじゃないか、って思うぐらい。

特にこの回は時々読み返すようにしてる。
http://togech.jp/2013/07/02/2223



あとはまぁ ブラック社に関してだけど。
ほとんど僕の働きで 備品で溢れてた事務所は片付いて。
最近はレンタカー借りることも無くなった。
まぁ生活資金に余裕は出ないが。

給料日から1週間せんうちに支払いなどで給料は半分切って。
半月ぐらいで 次の給料日までこの金額で持たせな…って感じ。

5月末から何度も先送りにされた
作業員への昇格の研修を この間ようやく受けれて。
今日合格通知が来たらしい。

この会社に待遇はもう期待してないが
(どうせ何らかの理由で好転を阻まれそうな気がする)

余裕持って親に仕送りぐらい出来るようにはなりたい。
そういや今年って抱負決めてなかったけど。
まぁ内心では 「引越し」と「WiiUを買う」なんだけど
低賃金だから無理だと思ってたけど。
半年経ったけど今後給料良くなりそうなら
抱負持ってみようかな。と。

まぁ最近そんな感じ。








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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
酔っぱらって書いたのかな?

支離滅裂さが目立ちます
ふむふむ
2016/08/12 06:28
フロイトの心理学は心に関する理論の古典として
知られている。「防衛機制」という仕組みがあり、
「嘘で固めた鎧」のような働きをする。

真実を追求する道を進むと、世界は不条理とブラックに満ちた現実を認めざるを得ない。

諦めることは苦痛を和らげる働きがあるが、希望も夢も見ることはなくなる。幸せでないが、不幸でもない状態。

現実は非常に厳しいのであるが、それを無視するのも逃げるのもごまかすのも自由であり、その場しのぎにもなる。

自分の中にある暗い心を認めてカミングアウトするのは好感もてる。
あじさい
2016/08/12 19:55
>ふむふむさん
愚痴回 ではテーマは一貫せずまぁ思ったことを書いてる感じです。一応改行で話ごとに区切ったりはしてます。

>あじさいさん
僕は自分の弱い心を隠して強く振舞う人間の方が好感が持てますね。ネット上でなんか 成人越えてもいまだ助けを求め続けてるような人ってたまに見る。優しい言葉でもかけてもらいたいのかな?って。
おっさん
2016/08/14 12:04

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