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zoom RSS 被差別者の成長と 溜め込まれた反発心

<<   作成日時 : 2017/03/02 00:11   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 2 / コメント 6

昼間に考えてたいくつかの話を
思い出しながら書いてるので
主観寄りの見方の話になったり
俯瞰的な見方になったり

論点もバラバラに書くかもしれない。
何度か続けて書く。





差別 = 除外、拒否行為、優位性側からの弾圧 と定義付ける。

よって 例えば
集団の中での大まかな仕事の割り振りなどで
「基本的に男の方が力が強いのだから
 男性陣に力仕事、女性陣に炊事を任せる」
というようなことは ここでは差別とは呼ばない。
単純に合理的措置。







差別反対派こそが差別意識が高いというジレンマ がある。

作品などにおいての表現に
製作者側には差別の意図が無いのに関わらず
読み手が「差別的だ」と非難するような。

作り手にはそんなつもりはないのに
そういう批判者こそ差別主義なのではないか?と。



サウスパークでもそんな話があって。(EP4−8)

街の旗のデザインについての論争。


画像


(白い人が4人、中央に首を吊ってる黒い人。
 推察だけど 旗が作られた当時は
 この黒い人間は有色人種の暗喩ではなく、
 白い人間が生きてる、
 黒い人間が死んでる、という表現かと)


街の唯一の黒人 シェフの
「黒人を差別しているような絵だから変えろ」って意見と
街の住人の1人による
「古くからある伝統を変えるな」って意見。

メインキャストの子供達がそれぞれの派閥に分かれ、
論文を考えるんだけど。

シェフは 変更反対派についた子供達に
「友達だと思ってたのに黒人差別を肯定するのか!」
と怒る。
子供たちはシェフが何で怒るのか分からない、といった感じ。

シェフが
「まだ分からないのか!
 黒人を処刑して喜んでるように見えるだろ!」と。
子供達
「あぁー 言われてみれば・・・」

シェフは更に怒ろうとするが気づく
「そうか・・・ この子たちには肌の色の違いで
 人を区別する気持ちすらそもそも無かったんだ。
 もしかしたらオレこそが
 差別主義者になっていたのかもしれない」

って話。





僕の思う差別ってのは
特定の権利を与えない、攻撃してもいい対象と判断する、
著しく扱いが悪い、といったことだと考えてるから。

そうでない 表現等に関しては あまり
(問題視すべき)差別だと思ったことはない。


少し前に知って くっだらねぇ、って思ったのが。
昔のCMのフレーズで
「ヨッ!お疲れさん!」ってセリフの
「ヨッ!」が差別語を連想するから差し替えられた。とか

はぁ? って。

まぁ、当時の時代背景に理解が無い立場で、
そういう事実だけを知ったからそう思うのかもしれないけど。




まぁ僕は 表現に関しては基本的に
”そこに差別を見出す側”に問題がある、という考え方。


僕は表現する側になりたい、憧れてる気持ちがあるから。
鼻血の出る描写を 流血表現だとか
爆発エフェクトを テロを髣髴する、といった理由で
規制されたくない。

こないだだってビールのCMアニメが
未成年に飲酒に興味を持たせ得る なんて
クレームを受けて公開中止になった、って噂を耳にして。
アニメ作るのにかかった手間より
勝手にそう解釈した連中の抗議を尊重するのか、って。

少し論点がずれた上に主観寄りの話だけど。







本題。


今の社会が
SNSが一般化されている、
個人の自由が重要視され、
それを奪うことを悪としている、とか
個人が自身の思想に自信を持てなくなっている、とか
色々な理由が考えられるけど。


例えば ある被差別的な立ち位置をAとし、
相反するものをBとする。
それで他人の意見が

1「Aなど駄目だ!Bをやれ!」
2「AよりBの方がいいよ」
3「AよりBが好き」
4「Bは良い」


最近は3や4を発言する人にすら
「そんなにAは駄目か!」と食って掛かる人を見る





この間の成人式の時期に ある女性が
「成人式お疲れ様。
 女の一番輝かしい時期は短いんだから
 大事にした方がいいですよ」といった感じの
メッセージを書いてたら

それに対して
「こういう”若い時期が人生で輝いてる”なんて
 言う人間が居るから、
 その時期を過ぎた女は嫌な思いをする羽目になる」
とか反発してた人がチラホラ。


別に若くなくなったら女はおしまい、
なんて一言も言ってないのに
自分が勝手に悪いように思ってるだけなのでは?

・・・って言われる所までこの被差別者たちは想定してて、

「私達がこう言えば、相手は
 『そっちの心が弱いからだ』だとか
 『そっちが勝手に気にしてるだけ』だとか
 言ってくる」


この人達は代替案も上げるわけでもなく
ただ文句を言うだけ。

しかもその対象が
目に余るような悪意のある人間ではなく
建前的には善意で言葉を発した人間に向ける。

被害者面して敵意を振りまく。









で、ここからが最近思ったこと。
問題を見出す側の差別意識の高さの理由。

主観から見た 人の立ち位置の違いって 突き詰めると
「自分」か「それ以外(世界、他人など)」の二択なんだよな。


差別意識を持つのは元々は 他人からの
直接的、間接的な 偏見の植え付けで。

被差別者からすると 僕みたいな
(自称)差別するつもりのない人間 ってのは

「(他人が)散々自分に差別意識を植え付けてきといて、
 自分が差別問題を考え、提言するようになったら
 今度は(他人の)言うことは『気にしすぎ』って何だ。
 自分をこうさせたのはそっち(他人)だろ」

って見え方なのでは、と。

その「そっち(他人)」っていうのが
同一ではない、っていう。
だから上のような抽象的な言い方が出来ないし、
敵を区別できない。

周りの攻撃によって 高い警戒心を持たされた、という
被害者的な見方。




先程上げた例

1「Aなど駄目だ!Bをやれ!」
2「AよりBの方がいいよ」
3「AよりBが好き」
4「Bは良い」


推察だけど 幼い頃に横暴な先人(親や教師)に
1のような言い方をされてきたのかも。
その時に反抗することが出来ず、
反抗できるほど成長した今になって、
当時の敵(1のような言い方をする先人)が周りに居なくなって。

それで2,3,4の人間に
敵の姿を重ね合わせるようになったのでは、と。


画像




こういう風に見るとまぁ 歴史、思想、風潮、社会 といった
そういう 大きな枠組みの中においての 被害者やな。


僕もそういう経験はある。
けどまぁ、駄目なんだわ 他人に向けたら。


僕も昔 とある漫画家先生の
「漫画は子供のもの!」って言葉に反感を持ったことがあって。
大人になったら読んじゃいけないのか!って。

そういう風に曲解する、自分の方に問題があると気が付いた。
けど悪いのは自分1人ではなく、僕をそうさせた
環境や他人に原因がある。

漫画やアニメをバカにするような思想、
それを植えつけてきた父親や報道、
漫画好きな自分にとって都合が悪いから反抗、
それで それに近い言葉に過敏に反応をするようになった。

そこに気づいて 素直に
「漫画は子供のもの」って言葉の意図を前向きに
読み取ろうって姿勢になった。





悪意的な解釈をする自分の方に問題がある。
けど悪いのはそうさせた周りの環境。

「人のせいにしてはいけない」とかもう関係なく
単純にあいつらのせいで 僕は偏見を持たされたって思ってる。

けど、そういう経緯や背景事情も含めて
自分の責任だと思う。

自分の時点で気づいて、軌道修正していかなきゃいけない。





勉強、資格、友達、娯楽、とか全部
偏見を抱いたのはほぼ親のせいだって思ってる。

必要性、利便性といった観点で
納得できるよう充分な説明をされず
いいから騙されたと思って
勉強しろ、友達作れと言われて
従わなかったら罵声を浴びせられ暴力を振るわれた。

先述の例で言うところの「1」にあたる。


2「友達作った方が良いよ」って
言われる程度ならどんだけ楽だったか。

まぁ、幸不幸の基準なんて
人それぞれの経験でしか判断できないんだから。
「僕は人格否定までされたぞ」なんて言ってもあんまり意味が無い。

 僕だってブラック会社に苦しんだりしたけど
 更に苦しんだ人からすれば大したことはないんだろうし。


2のような「こうした方がいいよ なんでしないの?」
って程度でも、
3や4のような 直接指摘を受けたわけでもなく
周りの人間がそうだった、ってだけでも
充分 自分には苦痛だった、って人も居るんだろう。


「自分がこういう風にしていくようにしたんだから
 周りもこういう風にすべき」
って言い方になるけど。


これが正しいって今の所は思ってるので。


他にも色々 違う観点や論点で出した答えがあるから後日。



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内 容 ニックネーム/日時
理不尽な攻撃をする人がいる場合、被害者が考え込んでしまう場合がある。自分が悪くなくても、自分を責める場合もある。
友人の兄はサイコパスだったが、被害妄想でパニックになると身近の弱者を虐めていた。攻撃するのに正当な理由はなかった。ストレス解消と、気を落ち着かせるために当たり散らすということを繰り返していた。
理屈で議論が成立する人は少数派で、大部分は感情的に人間関係を築いているものである。世の中を知れば知るほど理不尽さといい加減さを知ることになるだろう。
あじさい
2017/03/03 22:52
又吉直樹の「火花」から引用
芥川龍之介『道徳は便宜の異名である。「左側通行」と似たものである。』
芥川竜之介『芸術の鑑賞は芸術家自身と鑑賞家との協力である。』
あじさい
2017/03/04 22:38
表現をする側になりたい。というのは、鑑賞者は誰でしょうか。一部の人に誤解されても、一部の人に理解されればそれでよいではないか。すべての人を納得させることはできない。少数の人でも必要とされれば満足する。誤解されることを恐れることはない。やっかみとかいわれのない意見は無視でもよいではないか。
あじさい
2017/03/04 22:51
作品が叩かれるとこまではしょうがないけど
規制はされたくないんですよ。
おっさん
2017/03/05 11:14
感想、意見までなら自由。ひどい言葉でも 表現者は聞き入れられるようにならないといけないと思ってる。(反論しないわけではない)

法律とかを武器にして
公開すること自体を禁止されるようなことになりたくないってこと。

おっさん
2017/03/05 11:41
規制をかけるのが政治家であり、規則を作る話であれば、政治家は大衆の支持(選挙)を意識して数の論理で多くの人の支持することを演出するだろう。
法律を作ることに関しては政治家の仕事ですね。
あじさい
2017/03/05 20:35

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